カテゴリ: 大人の嗜みガイド

粋(いき)ってなんだ?

粋(いき)、という言葉を聞いたときあなたはどんなイメージをもつだろうか。蕎麦屋の作法だろうか。落ち着いて垢抜けた服装だろうか。あるいは京都の街並みだろうか。
江戸時代の遺物で、現代に通用するものではないと考えている人もいるかもしれない。それとは逆に”粋”であるということに対して憧れを抱いている人もいるかもしれない。

粋(いき)というアティテュード

粋(いき)はある種のアティテュードだ。ある種の美意識、ある種の生き様だ。粋とよばれるような行動、ふるまいの奥にはそれを裏打ちする文化的な思想がある。
だから、蕎麦の食べ方とか服装だとか、そうした目に見える部分のみをもって”粋”をかたるなんてことは、むしろ野暮の極みということになる。
”粋でおしゃれな男になる七つの方法”みたいな記事をあなたが読んだことがあるなら、その内容は即刻忘れ去ったほうがいい。それは外側だけ真似した張りぼての粋でしかないのだから。

”粋”はアティテュードだ、それも完全に日本独自のアティテュードだ。似たような概念はなるほど外国にもあるだろう。たとえばフランス語の”エスプリ”なんて言葉は同じような内容を意味しているようにも思える。しかしながら粋という言葉は、それが日本の歴史、文化に深く根ざしているがゆえに、日本以外には持ちえないものとなっているのである。
そしてまた”粋”は、それが日本の歴史、文化に深く根ざしているがゆえに、現代においても依然として価値をもっている。
なるほど確かに明治以降の急速な西洋化によって失われてしまったものは数多くあるに違いない。江戸時代に粋だとされていた服装やらふるまいやらは、今やほとんど通用しないだろう。
だが、振る舞いや服装の背景にあるもの、長い年月の積み重ねによって醸成されてきた”粋”というアティテュードはどうであるか。その思想はどうであるか。我々のふるまい、ものの見方、生き様のコンテクストを形成する概念が、たかだか百年の西洋化で古びようか。
粋を「昔はよかった」式の郷愁とともに語るなら、その”粋”とやらは決して本来の粋ではない。粋というかろやかで流動的ないきいきとした言葉は、今なお我々の心にある。

歴史からみる粋(いき)

粋という言葉を日本独自のものたらしめている文化的、歴史的な背景とはなんだろうか?

まず最初に理解しておかねばならぬのは、粋(いき)という概念が、上方(関西)の言葉である”粋(すい)”と江戸のことばである”いき”があわさって出来た言葉であるということ。
京都をはじめ、長らく日本の中心として栄えていた上方の、貴族文化としての粋(すい)と、徳川の治世になってから飛躍的に発言力を向上させてきた町人たちの文化としてのいき。
この二つは、当初は相反し相違しているように思えながら、太平の江戸時代において次第に融合していったのであった。

例えば江戸時代後期の戯作者である式亭三馬の「浮世風呂」に、江戸女と上方女の着物の色についてこのような問答がある。(読みやすいよう原文に適宜変更を加えている)
江戸女「薄紫といふやうなあんばいでいきだねえ」
上方女「いつかう粋(すい)ぢゃ。こちや江戸紫なら大好き大好き」
ここにおいて「粋(すい)」の意味する内容と「いき」の意味する内容は、同じものだ、着物の色が薄紫であることを一方は粋(すい)と、一方はいきと呼んでいるのである。

粋(いき)という言葉は、おそらく「いき」という町人の美意識が「粋(すい)」という貴族的な言葉を吸収するかたちで生まれたのに違いない。なんとなれば、江戸時代とは町人の時代であったのだから。そして今なお、粋(いき)は町人的な、大衆的な美意識であるはずだ。

粋(いき)の三要素

では実際に粋(いき)という美意識、アティテュードが内包している概念はいったい何なのであろうか。
明治大正の日本を代表する哲学者、九鬼周造はその著書「いきの構造」において粋(いき)の内包概念を三つの要素に還元している。
媚態、意気地、そして諦念だ。この三つの要素が互いにまじりあい、補完しながら粋(いき)という概念を成しているのである。

媚態

粋(いき)の第一の要素が媚態である、というと意外に感じる人も多いだろう。異性に対して媚びるということは、今日我々の意識している粋(いき)とはだいぶかけ離れた位置にあるように思えるからだ。だが粋事(いきごと)という言葉が色事、すなわち男女間の恋愛関係を意味していることからも明らかなように、粋(いき)という言葉にはどこか「なまめかしさ」や「つやっぽさ」のニュアンスがあるものだ。そもそも粋(いき)という言葉は江戸自体の遊郭、吉原における女遊びから生まれてきた概念であるからして、例えば蕎麦の食べ方なんぞに終始するようなものではないのだ。

もちろん媚態といっても今日の我々がイメージするようなものではありえない。単に異性に対して媚びへつらうことを意味するのではない。西洋的な熱愛、エロス的な情熱とかけ離れた位置にこの「媚態としての粋(いき)」はある。毅然とした、そしてどこか冷めたところのある姿勢をとるということ。侘び寂びにも通じる、抑制のきいた美意識を、この媚態という言葉は表わしている。

意気地

第一に媚態である粋(いき)は、第二には意気、すなわち意気地である。この意気地のうちには、江戸っ子の生き様が強く反映されている。「武士は食わねど高楊枝」の姿勢は、やがて町人にも受け継がれ「宵越しの銭はもたぬ」という気概、気骨を生み出したのである。江戸の花とよばれた命をも惜しまぬ町火消達(江戸時代の町火消、今でいう消防士は当時花形であった)は、寒中においても白足袋はだし、法被一枚の「男伊達」を尊んだという。

かように粋(いき)とは、一方では媚びるものでありながら、他方では、一種の反抗をしめす意地である。粋という言葉が吉原の女遊びの中で生まれたということは前述した。そこには、当時の遊郭が、現代の風俗のように単に金を払って性欲を満足させる場ではなく、より高度で教養ある文化人達の遊び場であったという背景がある。「傾城(城を傾けるほどの美女、傾国の美女。ここでは遊女のこと)は金でかふものにあらず、意気地にかゆるものとこころへるべし」という言葉に表されるように、高級遊女である花魁は、遊女として客に媚びる立場でありながら、自分の御眼鏡にかなわぬものを撥ね退ける高い気位と誇り、すなわち「意気」をもっていたのである。

諦念

そして第三の要素は諦念だ。諦めの境地だ。しかしながらそれは単にネガティブな言葉として受け取られるべきではない。粋(いき)における諦念とは、日本的な、あるいは仏教的なニヒリズムと根底を同じくしている概念だ。執着のなさ、さっぱりとした無欲恬淡な心のありようこそが粋(いき)における諦念である。それは諦めでありながら、粋(いき)の意気であるがゆえに、鬱々とした色彩に縁どられることのない、生き生きとしたものでなければならぬ。

粋(いき)が大人のものである理由がここにこそある。江戸時代の長唄にあるように「野暮は揉まれて粋となる」のである。
若さとは情熱だ。不器用でありながらも世間の荒波に膝を屈せず、抗い、立ち向かおうとする姿勢は若者に特有のものだ。しかしながらその熱量の過剰さは、粋(いき)とは相反するものである。斜に構えて格好をつけるというのではない、自然な洒脱さが、粋(いき)を特徴づけているものだ。恋愛においても、大人は決して情熱的になりすぎることのない、軽やかな瀟洒たる心持でなければならぬといわれるのはこのためである。

まとめ

今回粋(いき)という概念を三つの要素にわけて考察する仕方を紹介したが、これが粋のすべてであるはずはない。粋(いき)とは、美意識であり、生き様であり、生きるということに対するアティテュードである。生きるということの深みを我々が言葉にしえないのと同様、粋という言葉もそれを語りつくすことはできないものなのだ。
粋とはなにか、という問い自体が粋でないのはこれのゆえだ。実践することによってのみ”粋”たりえるということ、これこそが粋の本質であるがゆえに、その問いは”野暮”なものとなる。



参考文献
九鬼周造 いきの構造 講談社学術文庫

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編集部 三宅隆平

脳髄を置いてきぼりにして走る

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