カテゴリ: 大人の嗜みガイド

諏訪敦とは

諏訪敦
1992年に武蔵野美術大学 大学院造形研究科修了後、1994年には文化庁派遣芸術家在外研修員としてスペインに留学、第5回バルセロナ財団主催 国際絵画コンクール にて大賞受賞。
現在日本の写実絵画界を代表する若手の一人。
アントニオロペスの流れをも組んだ古典的な写実絵画の伝統にのっとりながら、一方で日本的な美、エロティシズム、死の観念に迫る静謐な絵画を描き続けており、特に若い世代での人気が高い。
その人気の高さは画集の売り上げにも如実に表れている。出版不況の昨今、ただでさえ人気のない画集なるジャンルにおいて、彼の画集「どうせなにもみえない」は一万四千部の売り上げを突破し、なお伸び続けている。

リアリズム絵画とは

リアリズム絵画、というよりは写実的であるということ自体が芸術において一段と低く見られていた時期があったものだ。
写実主義はながらく絵画の主流であった。古典的な写実主義、すなわち19世紀以前のそれは、ひとつには記録としての役割を担っていた。それが変わったのは写真が登場してからだ。限りなく本物に近づけようという絵画史における試みは、本物をそのまま写し取ることのできる写真の登場によって頓挫した。以降の絵画運動は、おおむね写真では表現できないものを、描こうとしてきた。光に着目した印象派、夢幻的なシュルレアリズム。そして戦後の芸術界において、抽象的なコンテンポラリーアートが主流である中(もちろん今も主流だが)写実的な絵画は流行おくれの遺物であるとみなされていたのだ。

だがスペインのリアリズム画家、アントニオロペスが高く評価されるようになると、次第に現代の潮流として広く受け入れられるようになる。今回紹介する諏訪敦もその流れに位置付けられる画家だ。

誤解されがちだがスペインのアントニオロペスに続くリアリズム画家たちは明確に「ハイパーリアリズム」とは区別されなければならない。
ハイパーリアリズム、またの名をフォトリアリズムとも呼ぶこの芸術上の潮流は、思想的な点でも手法の点でも、明らかにスペインリアリズムとは異なったものなのである。

例えばハイパーリアリズムは写真の忠実な再現をもくろみ、多くの場合、写真をプロジェクターでキャンバスに投射し、エアブラシなどを用いながら転写する手法が用いられる。それに対してスペインリアリズムの系譜の画家は写真を用いない、きわめて古典的、伝統的なデッサンの手法をとる。

上の右の絵をご覧いただきたい。これは「グランビア」という絵だ。この絵は朝6:30の光をのみ絵画上に描き出すために、早朝に20分ほど描く、というのを七年間続けることによって制作されたものである。
また彼にかぎらず、今回とりあげる諏訪敦も描画対象に対して綿密な取材をすることで知られている。例えば彼が日本の舞踏、モダンダンス界の巨人大野一雄氏を描いた際は、氏の生家に取材に行くほどに掘り下げたという。

このように描画対象を深く掘り下げ、またスタイル自体も伝統的、古典的な写実主義に依拠するスペインリアリズムの後継者たちに対して、アメリカに端を発するハイパーリアリズム画家たちはそのルーツにポップアートをもつ。それゆえ画一的な表現によって描画対象をそのまま写し取り、観念的なものを生ぜしめるコンテンポラリーアートよりの手法をとっている。

ではなぜ今再び写実主義、リアリズムが着目されているのだろうか。
写真ではなく、なぜ絵画なのか。
写実主義が、リアリズムが表現したいものとはなんなのだろうか。今回アクセトリー編集部は「どうせなにもみえない」という諏訪敦の一連の作品、「どうせなにもみえない」という言葉の奥にあるものからそれを考えてみたい。

どうせなにもみえない

どうせなにもみえない、という諦めに満ちたネガティヴな言葉、これを現代日本の写実絵画、リアリズム絵画の旗手である諏訪敦が発するとき、そこに一種の横ずれ断層的な擦れ違いが生じることに疑問の余地はない。というのも肌の仄かに赤みをおびた質感、乳首の凹凸、髪の一本一本に至るまで徹底的に彼が描出しようとするとき、我々はそこに描画対象に対する掘り起こすような視線を汲み取り得るからである。

「どうせなにもみえない」とはなんなのか。誰がみるのか、誰がみられるのか、なにをみるのか、あるいはみられないのか、みえないのか。
諏訪敦はなにか描こうとするときに対象にたいして綿密な取材を試み、長い時間をかけてそれを描くことで知られる画家だ。
彼が舞踏界の巨人大野一雄氏を描く際に行った取材に対して以下のような言葉を残しているのは注目に値する。

1999年に上星川にある舞踏研究所で半日もの長い時間、私の目前でひたすら踊り続ける彼らをモデルとして「占有」した信じられない経験は、その後の私を決定づけました。というのは、私が取材をした当時の大野一雄先生は既に90歳を超えており、意思疎通が難しかったのです。その膨大な思想を知るために著書を読破し、稽古に顔を出すのは勿論、舞台に足を運び客席でドローイングを繰り返しました。果ては明治時代の函館にあった先生の生家跡を辿り、風景を描くなど、まるで探偵のように先生の来歴を調べていきました。この熱狂的な経験が、私の作品の幅を拡げたのだと思います。

引用: www.maujin.com

一方で彼はこのような綿密な取材を通して対象を「徹底的にみる」ことをしながら、もう一方では「なにもみえない」と呟く。どうせなにもみえない、と諦観交じりに呟きながら、それでいて徹底的に肌を、髪を、目を、微細な傷をも描き続けるということ、ここにこそ写実絵画の、リアリズム絵画の矛盾、そして絵画芸術としての必然性があるのだと私は考える。
ハイパーリアリズムではない、古典的なデッサン手法に立脚したリアリズム絵画の、決して写真にはなりきれないという矛盾、それに対置される「みる」という行為の時間性をどこまでも引き伸ばし、投企しようとする姿勢、これこそが写真ではなく絵画であるべき必然性である。

写真の場合、「みる」という行為の時間的な広がりは極めて小さなものとなる。写真は一種の時間の固定化だ。シャッターを切ったその瞬間、日の差し具合、風の表情、空に向かって高々とのばされた女の子の腕、つまるところ被写体の全ては時間を喪失し、永劫の中に固定される。「みる」という時間的な行為はアーティストの手をはなれ、観客に委ねられることになる。

しかし絵画の場合、特にアントニオロペスの系譜に位置付けられるような写実絵画の場合、「みる」という行為は時間的な意味でも、「みる」という行為の内包する概念においても、著しく拡張されることになる。ものによっては十年以上の製作期間を要するということ、さきほど諏訪敦の言葉を引用したように、対象の内部に分け入っていくようなまなざしが必要であるということ、これが意味するのは、同じように対象のリアルを記録しようとし、時間を固定しようとする試みであるはずの写真と写実絵画が、にもかかわらずまったく異なった性質を持つということだ。

かようにして「みる」という行為を拡張し、どこまでも深淵に潜り込んでいくような行為は、しかしながら「どうせなにもみえない」がゆえに棄却されることになる。このニヒリスティックな表情は、彼の絵画の中に、死の雰囲気、完了したものとしての静かなる死の雰囲気として現れ出ることになる。骸骨や死期の迫った老人といった、死の匂いを強く感じさせるような対象を描いているということだけでは説明できない、生の否定としての虚無的な死、死臭を感じさせることのない死を、我々が彼の絵から感じるのは、彼が「どうせなにもみえない」ものを描こうとする、ある意味では不条理とも呼びうるべき試みをしているからなのだ、と考えるのはあながち間違ったものではないはずだ。
描写対象にたいして綿密な取材をかさね、その内奥を「みよう」としながらも「どうせなにもみえない」と切り捨てる彼の姿勢は「どうせなにもみえない」シリーズにおいて頻出する髑髏にもあらわれている。

彼の作品において、髑髏はたんにわかりやすく死のメタファーであるだけではない。これは極めて純粋な、いうなれば結晶化された「内奥」、諏訪敦が、そして我々がどうせみるところのできないところのものである。
髑髏は、なるほどたしかに人間の内奥であると考えることができる。ある意味で、骸骨とは人間において、肉や神経や血や、そうした構成要素においてもっとも内奥に位置するといえるだろう。

だが我々が死に、腐敗して溶けおち、そしてただ骸骨のみが残されているようなとき、そこに我々が「みる」ことのできるものとはなんであるか。
生と死のうごめきが全て終わってしまってただただ静寂が、我々の名残とも呼ぶべき結晶構造のみが最後残されているとき、そこに我々が「みる」ことのできるものとはなんであるか。
そうした骸骨において我々の「我々性」はすべて剥奪されていることにはなるまいか。死が、まなざしが、限りなく我々を微分し終わってしまったとき、いったいそこに何が残されていようか。一体何を「みる」ことができようか。
そうなのだ。諏訪敦が、髑髏を「内奥」のメタファーとして提示するとき、諏訪敦は、そして我々は、「どうせなにもみえない」という事実に直面することになるのだ。

我々も、諏訪敦も、そして絵画の中の女の子や髑髏さえもなにもみていない時、写実絵画において徹底的に拡張された「みる」という行為は自家撞着とともに生成と崩壊をくりかえしていることになるだろう。
ほりさげられた「みる」が、しかしながらその行為を完了しえずに、なにもみえずに、「リアル」のまえで足踏みを続けているさまはアキレスと亀の逸話を連想させる。
だからこそ、写実絵画は、写真に対して、完了しえないが故の無限運動性によって区別されることになる。
写真が被写体の時間を固定することで純化、結晶化を行う一方で、写実絵画は絵画であることに起因する矛盾に直面し「みる」「みえない」の完了せざる運動の中で純化、結晶化が行われるのである。



諏訪敦公式ホームページ

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編集部 三宅隆平

脳髄を置いてきぼりにして走る

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