カテゴリ: 大人の嗜みガイド

ヨーロッパにおいて、かつてアイウェアにファッション性を捉えることはなかった

オリバー・ゴールドスミスの話の前に、そもそもヨーロッパでのアイウェアの立ち位置を整理しておきたい。メガネの日本伝来はフランシスコ=ザビエルによるものであったというのは前記事でも触れたが、ゆえにヨーロッパではそれより以前からアイウェア・メガネは普及していたことは想像に容易い。

その歴史は遡ること実に13世紀、ヨーロッパでメガネは発明された。その後大量生産、近視用メガネの発明、ロンドンやフランスでの流行、デザインに変化を起こしながら現行のスタイルに進化していったわけだが、ファッション性としての考慮は、17世紀に社交界において紐やリボンで胸につり下げるようなデザインが開発される程度であり、20世紀に入るまではほとんど意識されることはなかった。
そして20世紀、ドイツやアメリカで同時期にデザイナーたちが「メガネのデザイン」というものに興味を持ち始めそのファッション性は研ぎ澄まされることとなり、"ファッションアクセサリー"として捉えられる。そうした流れの中で、オリバー・ゴールドスミスがその存在感をいかんなく発揮することとなるのである。

オードリー・ヘプバーン、ジョン・レノンも愛したヨーロッパアイウェアの老舗

オリバー・ゴールドスミスは1926年にロンドンで創業した老舗アイウェアブランドで、当初は創業者フィリップ・オリバー・ゴールドスミスの手作りべっ甲フレームが定番となった。転機は1950年代。センセーショナルなサングラスを発表し、雑誌「VOGUE」の紙面を飾る等、一躍世にその名を轟かせることに。そのファッション性は大衆のみならず著名人にも認められ、「ローマの休日」のオードリー・ヘプバーンやThe Beatlesのジョン・レノン等、世界的な映画俳優やアーティストにも愛されるヨーロッパアイウェアの代名詞となった。その評価はファッション性だけでなく、アイウェアというプロダクトのクオリティとしても高く、第二次世界大戦時に英国軍の眼鏡指定業者に任命されるなど、名実共にヨーロッパのアイウェアの代名詞なのである。

世襲制の世代を超えて追いかける

そんなオリバー・ゴールドスミスだが1990年代はブランドを休止。その後2005年に復活したのだが、その時のディクレションは創業者の曾孫にあたるクレア・ゴールドスミスであった。お気づきの方も多いだろう、オリバー・ゴールドスミスは4代目にまで完全世襲制にて世代交代が及んでいるのだが、ブランドは創業者フィリップ・オリバー・ゴールドスミスの世襲で代々受け継がれてきている。人が変われば、たとえ同じブランドだとしても表現は変わるもの。この4代に渡るオリバー・ゴールドスミスというブランドについて、代毎にどのような人物像であり、結果としてどんなプロダクトが出来上がったのか。そして今もなお、アイウェア界で常にトップを走り続けられるのは何故なのか?ここを考察していくのが本稿の狙いだ。

その名を轟かせたのは、2代目 チャールス・オリバー・ゴールドスミス

創業者であるフィリップ・オリバー・ゴールドスミスの息子である2代目 チャールス・オリバー・ゴールドスミス。彼の功績は、その後のオリバー・ゴールドスミスという確固たるブランドを形成する上であまりに大きく、何世代にも渡って語り継がれることになるだろう。1950年代、チャールスは「アイウェア(特にサングラス)はファッションアイテムになる」と確信を持ち、それまではレンズに色を塗っただけであったサングラスにデザイン性・ファッション性を取り入れ、大きな人気を呼ぶことになる。そして前述の雑誌『VOGUE』にアイウェアとして初めて掲載されることとなり、ファッションショーのランウェイでもアイウェアとして初めて使用されるまでに評価されたのである。当時、ヨーロッパで「サングラス」と言えば、それは、『オリバー・ゴールドスミス』のことを指したと言われるほどだ。

きわめてクレバーであり、実行力を備える仕掛人

4代目となるクレア・オリバー・ゴールドスミスは祖父にあたるチャールスの大成を以下のように語る。

”祖父は、マーケティングのパイオニアだった。彼は1940年代〜1950代におけるシネマナイトに、大衆が映画俳優の出演する映画を観るべくこぞって訪れてくる光景を見て「映画俳優たちをオリバー・ゴールドスミスのアイコンに仕立て上げる」というアイディアを思いついた。そして、各映画会社に連絡をし、映画俳優のワードローブの1つとしてアイウェアが必要な場合はオリバー・ゴールドスミスのアイウェアを使ってもらうよう交渉したのだ”

つまり、チャールスは自身の手でトレンド作りを仕掛けたわけだ。この視点と行動力が今のオリバー・ゴールドスミスのポジションを形成した土台となっている。

3代目 孫にあたるアンドリューとレイの時代にアイウェアのトレンドをリード

1960年〜1970年代に3代目であるアンドリュー・オリバー・ゴールドスミスが中心となったデザインされたモデルたちは、2代目チャールスの築いた土台を崩すことなく、アイウェアのトレンドをリードする存在に。1990年代にブランドを休止することになってしまうが、それまでにデザインされた洗練されたモデルは、多くのアイウェアブランドに影響を与え続けることとなる。

アンドリューの合計15分弱のロングインタビューでプロダクトを振り返る

以下のサイトで3代目アンドリューのインタビュー動画を視聴可能だ。海外サイトであるがゆえ、字幕もなければもちろんアンドリューは英語でインタビューに答えているのだが、聴き取れなくても各時代時代においてデザインしたアイウェアのストーリーを、実物を用いて話してくれているため是非ご覧頂きたい(番外編として、こちらの動画の要点は別記事でまとめたいと思う)

そして4代目 クレア・オリバー・ゴールドスミスがブランドを復活させる

「品質・優雅さ・快適さ」の追求

2005年、ブランドとして休止していたオリバー・ゴールドスミスが、曾孫にあたる4代目 クレア・オリバー・ゴールドスミスのディレクションのもと鮮やかに復活。クレアいはく、何世代にも渡って受け継がれているオリバー・ゴールドスミスが当初から大切にしていること、それは「品質、優雅さ、快適さ」であると言う。このフィロソフィーに基づき、サングラスの流行を創り出し、時を経た今でも、その姿勢は変わらず持ち続けている。そういった変わらぬものがあるがゆえ、過去のデザインアーカイブから復刻したモデルでも現代にフィット、むしろ現代においても先進的でトレンドをリードするものになるのである。アイウェア界において、そういった限りなく研ぎ澄まされたオリバー・ゴールドスミスのモデルを参考に、自ブランドのモデルを開発するブランドが多いのも納得がいくものである。

昨年2014年に、オリバー・ゴールドスミスのポップアップショップ「歴史をかけられる」を期間限定で開催したELIMINATORプレスの田中恭平さんはオリバー・ゴールドスミスの魅力を以下のように言う。 

時代を超え、今なお斬新な印象を与えるカッティング、各モデルに秘められた、「本物」のセレブリティーとの交流の記憶。そんな、唯一無二のミーム(文化遺伝子)を持つブランドだからこそ醸し出せる、色あせることのないエッジ感と絶妙なるヴィンテージ・フレイバー。そんな、自然と「やんちゃでエレガント」になってしまう「育ちの良さ」こそが、オリバー ゴールドスミスの最大の魅力なのです。

引用: eliminator.blog.houyhnhnm.jp

アイウェアのトレンド発信よ、永遠なれ

オリバー・ゴールドスミスが長らくその地位を維持し、さらに昇華してきたストーリーを4世代を追う形で見てきた。
しかし彼らのトレンドの発信はまだまだ続く。揺るがない信念に裏打ちされた曇らないデザインのアーカイブは、今もこれからも僕らを魅了し続けてくれることだろう。
世襲制というとどうも気嫌いしてしまうのが私の常だが、彼らについては世襲制だからこそ受け継がれている良質なフィロソフィーが存在する。そういう世襲制であれば潰してはならないし、今後の益々の発展に心躍らせたいと感じるほど、彼らの振る舞いは清々しい。

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編集部 羽田裕明

大人をもっと楽しむ情報、自身を磨く情報を日々発信します。

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