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シュヴァンクマイエル映画祭

チェコが生んだシュルレアリスト、ヤン・シュヴァンクマイエルの映像の錬金術。 動かぬものに命を吹き込み、世界が絶賛する驚異的なアニメーションの数々を上映致します。 長篇デビュー作であり国内外に根強いファンを持つ『アリス』や、妻であるエヴァの絵本を組み合わせベルリン国際映画祭でアンジェイ・ワイダ賞などを受賞し た『オテサーネク』、コラージュを駆使しシュルレアリストとしての側面が炸裂する傑作『サヴァイヴィング ライフ』と代表的な長篇3作に加え、カンヌ、ヴェネツィア、ベルリン、アヌシーなど、作る作品が軒並み世界的な評価を受ける数多の傑作短篇を合わせ、全6 プロ・22作品を一挙上映致します。 また、シュヴァンクマイエルの原点ともいえる舞台作品の中でも関係の深いラテルナ・マギカの『魔法のサーカス』からシュヴァンクマイエルが人形演出をした場面を特別上映致します。

引用: svank2015.jimdo.com

今回紹介するのはヤンシュヴァンクマイエル映画祭のアンコールレイトショー。二月下旬から東京は渋谷のシアター・イメージフォーラムで開催された本映画祭が非常に好評だったため追加上映が決定したのである。開催日は5月23日から6月26日まで、場所は同じくシアター・イメージフォーラムだ。
ちなみに東京以外でも開催されるので足を運んでみてほしい。(今後は札幌で6/27~7/3、名古屋では5月22日まで)

映像の魔術師ヤンシュヴァンクマイエルとは

1934年チェコスロヴァキアの地に生を受けたヤンシュヴァンクマイエルは今や世界的なシュルレアリスト、映像作家としてその名を轟かせている。同じくチェコ生まれの、誰もが知っている作家カフカの精神を正当に受け継いだその作品は、ただしく夢的であり、迷宮的、寓話的、ユーモラスでありながら疎外的である。
歪でグロテスク、小児的なエロティシズムに基づいた彼の作品は、それを好むと好まざるとに関わらず、それを観たものに鮮烈な印象をあたえる。多くの場合、彼の映画を観たその夜見る夢の中には彼の作品が出てくるだろう。

CGを一切使用せずに、ストップモーション・アニメーションを多用する手法はぎこちなさ、不気味さ、居心地の悪さを我々に与える。それは一種の断絶である。我々の通常の認識とは異なったつぎはぎだらけの映像は、まさしく夢の具象化であるといってもよいだろう。

百聞は一見に如かず。こちらの短編をご覧いただきたい。独特のぎこちなさ、気味の悪さが理解していただけるはずだ。

その影響は極めて大きく、テリーギリアム、ティムバートンを初めとする数多くの映画監督の尊敬を一身に集めている。だがそうした監督たちに比べると徹底してシュールレアリストであるという点で、依然彼は特権的な地位を保持している。
例えばティムバートンが「大人が子供に見せたい」ような映画であるなら、ヤンシュヴァンクマイエルは「実際の子供が見ているグロテスクな世界」を描いた映画だ。子供のころ、アリの巣にお湯を流し込んだような無邪気な残酷さ、無意識下における性的な欲望、そして絶えずイメージが横滑りをおこしているような、我々の夢の風景(そしてそれは同時に、大人になった我々の小児性の牙城だ)は、ヤンシュヴァンクマイエルの映画においてスクリーンの上に投射され、我々の通常の認識、感性との間に深い亀裂が存在するということをあらわにする。

おすすめの上映プログラムの紹介

Aプログラムー アリス ー

ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を原作に3年の歳月をかけ製作した長篇第一作。元々は短篇連作の形で制作されたという。9歳の少女をアリス役に 起用し、実写とコマ撮りを組み合わせ、アリスの人形や白ウサギの剥製、気違い帽子屋の人形、靴下の芋虫など、様々なオブジェがユーモラスにグロテスクに動 き回る。過去の短篇(『自然の歴史』『ドン・ファン』『ジャバウォッキー』『地下室の怪』など)の様々な要素が見られる集大成的な作品。数ある“アリス” ものの中で群を抜いてオリジナリティが高く国内外のファンも多い。

引用: svank2015.jimdo.com

おそらく彼の作品の中でも、不思議の国のアリスを下敷きとしているだけに最もなじみやすい作品になっているのではないだろうか。何よりも、みんなが知っている原作だけに、あらすじを追う必要がなく、映像やシーンの意味について考えながら観られるのが魅力。

ちなみに不思議の国のアリスは、それを読んだことのある人なら理解していることだろうが、なかなか不気味なおとぎ話だ。だれひとりまともな登場人物は出てこないし、グロテスクなシーンも登場する。その特異な言葉の使い方(かばん語)や、夢の中の世界のように支離滅裂なイメージの連続のゆえに、この寓話は、精神分析や哲学の領野でも多く取りざたされる。
ドゥルーズという哲学者のアリス論は特に有名だ。

ちなみに彼は「ジャバウォッキー」という短編も撮っている。ジャバウォッキーは不思議の国のアリスの中で出てくる怪物。


Bプログラムーオテサーネクー

  長篇第4作。チェコの民話『オテサーネク』は子どものいない夫婦が、木の切り株を子どもとして育て、子どもがおかゆ、犬、農夫と次々飲み込んでいくお話。 これを不妊の夫婦の現代の寓話と読み替え、『アリス』や『地下室の怪』同様少女の視点から描く。ホラーク氏が冗談のつもりで妻に与えた木の切り株の人形を 妻はオティークと名付け異常な熱意で可愛がる。現代の寓話はグロテスクで、飼い猫が消え、郵便配達夫も福祉課の職員もオティークの餌食となる。木の切り株 を何体も用意、コマ撮りし、CGを使用したのは授乳シーンのみという。

引用: svank2015.jimdo.com

アリスにつづいて童話を題材に取った作品。
童話、おとぎばなしというと、親が枕もとで子供に聴かせるような邪気のない、漂白されたようなものがイメージされがちだが、そのような形になったのはずいぶん最近の話である。グリム童話の原作が意外と残酷なのは広く知られた話である。
残酷な小児性なるものは大人の認識だ。大人が子供に対して見出すものでしかない。そうした色付け、カテゴライズに先立つ認識として、子供は、ちょうど教室に入った蝶を窓の外に逃がすように、芋虫を踏みつぶすものである。

ヤンシュヴァンクマイエルの映画の特色の一つとして「食事シーンの特異さ」が挙げられることは多い。この「オテサーネク」はまさにその表現の極致だ。どれ一つとしておいしそうではない食べ物を作業的に食べる様は、まさしく嘔吐の逆再生であり、排泄行為の延長であり、スカトロジーの対偶である。そしてそれは同時に、どこか性的な要素を持っているのである。大人を見下したかのようなアルジュビェトカの振る舞いに着目しつつ映画を観てみてほしい。

Eプログラムー短編集ー

ヤン・シュヴァンクマイエルの真価は短編にこそ現れている、と主張する人は決して少なくない。そして彼の短編を一つでも見ればその言葉の正しいことが理解されるはずだ。長編に比べてさらにシュルレアリスティック、ナンセンスで、我々の理性認識を阻むような作品は、しかし短編であるがゆえに疲れることなくみられる。
短編プログラムのなかでもこちらは「庭園」や「ジャバウォッキー」などの傑作が多く入っているのでお勧めさせていただく。

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編集部 三宅隆平

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