【創り手たち-vol.2】今だからこそ「味わう」喫茶店の魅力 DUN AROMA神永氏と珈琲を思考する

スターバックス、上島珈琲、ブルーボトル。サードウェーブというブームも手助けしてか、コーヒーはより身近に、より美味しく感じられる存在になってきた。美味しいコーヒーをお洒落に飲むことを趣味にしている人も少なくないだろう。そこに巷のコーヒーショップ、コーヒースタンドの話題は出るが、喫茶店の文字はない。

しかし、コーヒー業界の大勢が大企業同士の派閥争いになっている中、今でもなお人々に愛される喫茶店を営んでいる人々も少数ながら存在する。市場の流れに逆らっているようにも見える喫茶店。彼らは今なぜ、喫茶店であり続けるのか。

シリーズ連載『創り手たち』のvol.2となる今回、取材に協力してくれたのは、多くの人に愛されている喫茶店DUN AROMAの店主、神永氏。
彼の話を基に、他のコーヒー店では味わえない、喫茶店の魅力に迫っていきたい。

コーヒースタンドと言われて連想するもの 喫茶店と言われて連想するもの

コーヒースタンド

話題の”あの店”を自分で調べ、こだわりの一杯のために遠くまで足を伸ばす。順番待ちの高揚、実際に店員の淹れてくれるものを見て、味わう。口に含んで一杯。それは予想していた味を超えた、舌を魅了する衝撃。
そのスタンドごとに違うロジックによってドリップされた、スペシャルティな豆は、同じ産地のものだとしてもまるで違う!と驚嘆するものだろう。並んだ達成感もその味わいをより素敵な美味しさに変えてくれる。
その一杯を飲んだ時の稲妻のような感動のために、スタンド巡りを趣味にしてしまった人もいるのではなかろうか。

人々から極めて注目され、今やコーヒー業界のスターとも言える立ち位置にいるコーヒースタンド。彼らの淹れてくれる、本当に美味しい一杯、一人一人に時間をかけた一杯。そんなサービスに人は惹かれ、そしてその味に魅了されている。なるほど、時間をかけて淹れたコーヒーは旨い。マシンでドリップしたものよりも、人の手であるほうが雑味も無いし、美味しく仕上がる。人々が手軽さを捨ててまでコーヒーに味を求めるという空気感が出来上がってきたと言っても間違いではないはずだ。「目的」はあくまでコーヒーの味。ゆえにその美味しさのためなら、時間をかけることを惜しまない。そんな方法で淹れたコーヒーは時代のニーズにヒットし、世間から絶大な人気を得ている。
これは、サードウェーブという盛り上がりから転じた、新たなる波、フォースウェーブの兆しではないかと見る者たちもいるほどだ。

喫茶店

ドアを開けるとカランコロンとベルが鳴り、紫煙の香りが渦巻く室内。若い世代には馴染みが無いかもしれないが、ある一定の世代より上の方は、却って馴染み深いだろう。次のビジネスの商談か、デートの待ち合わせか、レコードの音楽か……、他にも種類はあれど、喫茶店に集う人は何かの「目的」を持ってそこに集まった。そこにはもう二つ欠かせない要素がある。一つは、美味しい一杯のコーヒー。鼻に抜ける華やかな香りは、そぞろ舞う煙のそれを押しのけて口の中いっぱいに広がる。もう一つは、その喫茶店の顔、マスター。十人十色。それぞれの店ごとの個性が光り、そのキャラが醸し出す雰囲気に魅了され、気が付いたら常連客。といった人々も多くいた。
現代において同じような立ち位置を担っているのは、ファミレス(人との談笑)、チェーン展開のカフェ(待ち合わせやデートの休憩、取引のアポにも使う例もある)、そして、コーヒースタンド(美味しいコーヒー)であろう。それらは時代の流れとともに出現し、安さと手軽さ、またはブランドなど、時代のニーズによって人々の心を掴んでいった。
そうしていつしか、喫茶店は人々にとって馴染みの無い、堅苦しい、煙たい存在になってしまった。マスターの高齢化に伴い閉店を余儀なくされ、減少の一途を辿っている。

けれど、なかなかどうして、巷に喫茶店が無くなったわけではない。いまだそこを利用するお客たちは、現代のニーズに合った飲食店には無い魅力を求め、集まっている。その求心力とは何なのであろうか。
少し前置きが長くなったが今回は説明文でも紹介したとおり、DUN AROMAの店主、神永氏から話を伺った。

貴方の知らない喫茶店の魅力、少しでも興味を持っていただければ幸いである。

―幕間― その日のDUN AROMA

喫茶DUN AROMAは都立大学駅からほど近くの、店と住宅とが立ち並ぶ通りに面している。その付近の生活に密着しているからか、いつでも常連のお客さんが足を運びに来てくれるという。
暗がりを照らす橙色の照明。芳醇なコーヒーのアロマと、軽快なアルトサックスの音が耳を撫ぜるジャズ。横一文字に並んだカウンター。対するのは店主神永さんとスタッフの二人だけ。そこから導き出されるイメージはさながらオーセンティックなバーと言ったところか。
後述する、一人一人に本当に時間をかけたドリップが魅力で、もちろんお店の回転率は度外視である。(なんとドリップのみで6-10分ほどの時間をかけている!!)それだけ待たせてどうするのか。と疑問を抱く人も多いだろう。けれど実際に、それだけ店主が時間をかけたコーヒーは美味しい。そしてその裏打ちとして多くの常連客を獲得し、このコーヒースタンドブームの中を生き延びているのだ。

開店と同時に開始した取材。その日もほどなくして一人の男性サラリーマンがそこを訪れた。「いらっしゃいませ、今日はお仕事ですか?」神永氏の問いかけにサラリーマンも和やかに言葉を返す。コーヒーを淹れる神永氏と、自分なりの過ごし方でリラックスしている男性。その場には、外の世界の喧騒はない。静謐な、されど楽しげなその空間は、現代で見ることは稀になってしまった、独特の空気感である。
また一人、品の良いご婦人が読書に。数人で来店してきたのは、午後のランチを済ませた奥様方だろうか。
人が多くなれば会話も華やぐ。その決して静かではない賑わいでさえ、なぜか独特の空気感を崩さないままでいた。

この不思議な魅力が、取材の中で強く印象に残ったことである。

喫茶店の魅力とは?

“場”としてのニーズ

コーヒースタンドの流行に乗り、色々な場所に美味しいコーヒーが飲める場所が増えている中、今なぜ喫茶店として営業するのか。
その問いに神永氏は逡巡し、一言「分からない……(笑)」と返した。
「ただ、来ていただいたお客様の求めるものが何なのかを汲み取り、過ごし方のスタイルに合わせるように心がけています。そのお客様が一人で静かに過ごしたいならそっとしておきますし、お声かけくださるお客様であれば、お話することもあります。」
客に対して、その人が望んでいることをしてあげるということ。それは接客としての基本で、サービスの基本である。しかしその求められることをどれだけきめ細かに出来るか。彼はその底の見えない「基本」の奥深さの中で自分なりの答えを見出していた。
「どんなことをこの喫茶店に求めているかは正直、人それぞれだと思います。それがここの雰囲気であれ、コーヒーの味であれ、僕(神永氏)の人柄であれ、何を目的に来てくれても良いと思っています。ただ、その求めるものに対しては、しっかりと満足していただきたい。喫茶店として心がけていることはきっとこのくらいだと思います。その結果として、自分に付いてきてくれるお客さんが増えてくれて、多くの方にここを大切にしてもらっています(笑)」
彼の店に訪れる人々が求めているのは、個々人の多様な「目的」を果たすための”場”なのではないか。あるお店に通い詰める、という行為は自分のいつもの「目的」を満たしてくれるが故に起こる行為だからだ。
「ただ流行の、ファッションとしてのコーヒーじゃなくて、普段使いのコーヒーとして、人々に愛されていきたい。」

そんな店主の言葉に応えるかのように、DUN AROMAを普段使いする常連客。
彼らにとってDUN AROMAとは、喫茶店とは、”場”である。
美味しいコーヒーを飲むための……、
外の喧騒を忘れるための……、
店主、神永氏と会うための……、
誰か特別な人とのひと時を過ごすための……。
そういった「目的」を果たすためのとっておきの”場”
それこそが喫茶店の存在理由だと言えるのかもしれない。
貴方の傍には、そんなとっておきの”場”はあるだろうか……?

打倒、ディズニー・・・・・・?

見出しの通り、打倒ディズニーを掲げる神永氏。曰く、
「ディズニーランドに来たお客様は、もう来ないっていう人が少ないと思うんです。もちろん、色々な都合でその限りではないでしょうけど。それはきっとディズニーランドに求めているものがあったから、また来る。来てよかったなと心から思えるから、わざわざ足を運ぶんだと思います。ここ(DUN AROMA)も本質的にはそうありたいな、と考えてます。」
けっこう大仰な目標かもしれないが、つまり神永氏は100%リピートのお客さん作りを心がけているのだ。先述したとおり、それは味であれ、場所であれ、何でも良い。また来たいと、常にその人が求めている何かを満たすために神永氏は努力しているという。
そんな、人と店との濃い結びつきが出来るのも、個人の喫茶店ならではの魅力と言えよう。

何を求めても良い、コーヒーの多様性。

抽出に平均8分、そして60℃で淹れるコーヒー ここにしかないコーヒーの味

コーヒーの淹れ方のロジックは人それぞれである。
豆の特性を理解し、淹れ方を変えてみたり、どんな器具で淹れるかも人それぞれだろう。
ハンドドリップの場合、暗黙のルールとして80~95℃程度でドリップするし、3分程度で落としきるものだと思っていた。
けれどDUN AROMAでは、ネルドリップのコーヒー一杯に対して蒸らし3~6分、抽出に3分もかけるという。
しかもお湯の温度は60℃。一体どんなコーヒーが仕上がるのか見当もつかない。

頼んだのは苦味と酸味のバランスが程よい豆、グァテマラのストレート。おススメのデミタスドリップを頼んだため、提供までにかかった時間は15分ほどだった。それだけ一杯にかける時間が長いお店はそう無いだろう。採算度外視である。(もしやここ唯一か……?)
仕上がった一杯から香ってきたのは香ばしさよりもチョコレートのように濃く、それでいて酸味を伴う香り。
人肌に近づいている低温度帯のコーヒーであるから、味は甘さを感じるコクのある苦みなのだろうと予想して飲むも、想像以上に「甘い」。華やかな酸味とほぼ同時に甘さが口全体に広がり、飲み込む頃になってじわじわ、こってりとしたビターな味わいが。そして鼻に抜ける香りを通してようやく自分がグァテマラを飲んでいたことに気付く。デミタスと言うことで身構えて飲んだが、本当に想像以上の味だった。とにかくこんな三流レビューを読む前に実際に飲んでもらって感動してもらいたい。そんな風に思うほど、言葉で言い切れない情動である。
15分も待っていたことなどすぐにどこかへ消え去った。むしろこの15分は、この味に出会うための必然だったのかもしれない。これはそう、待ってまで飲むコーヒーなのだ。

このコーヒーの淹れ方でもし美味しくなかったのなら、それは淹れる価値がない。
その裏を言うなら、自分の好きな味、望む味が出せるのなら、どんな淹れ方をしても良いということである。
「水出しでコーヒーが作れるのだから、60℃でコーヒーを淹れてはいけないとは思わないですね。コーヒーには無限の可能性があって、この味もその楽しみ方の一つを提示しているだけに過ぎないですから。他の店で同じ豆を飲んでみてください。こんなにも違うものなのか、と驚くはずですよ。」
コーヒーには色々な可能性がある。一つの豆を取ってしてもその味に多様性があるという神永氏。これはコーヒーの複雑な部分でもあり、奥深い真理である。

流行とともに生きていく。

「どんな風に時間を使ってコーヒーを楽しむかは人それぞれですが、その人の求めるものがここ(DUN AROMA)にあると良いなと思って、日々お客様をお待ちしています。」
神永氏はまだ若い喫茶店オーナーだが、同じように若くしてコーヒー業界を志す人々の中で喫茶店というスタイルを取る者は少ないと言っていた。客層も若い者が多いとは言えない。皆、コーヒースタンドに流れてしまうのだ。
美味しいコーヒーを飲める店は本当に増えた。
だからこそ美味しさの次のステージとして、飲み方のスタイルについてもっと人はこだわりを見せても良いと思う。
同じ時間を使うとして、一時間並んで美味しいコーヒーを飲むのも一興だ。それと同様に、喧騒から離れた喫茶店という場所で、何かの「目的」を果たしに行く一時間もまた一興なのである。
そんな普段使いのコーヒーとして、コーヒースタンドの波が来ている今だからこそ、あえて喫茶店に行ってみるという選択肢もあるんだということをおススメしたい。

インタビューを終えて、コーヒー業界に対してのちょっとした心境のつぶやき

コーヒーに対して、”こうあれ”という固定観念は持ち合わせなくてもいいのかもしれない。
こだわりを捨てよ。ということではなく、他人の作法を認める幅がもっと広くていいのでは、という意味で。
技術も知識も奥深い世界があるコーヒー業界はどうしても「べき」の呪縛に囚われているような気がする。

今回インタビューを受けて頂いた神永氏のように、もっと肩筋を張らずに色んなものを楽しめばいいと、個人的には思う。
結局、何事においても人生「楽しんだもの勝ち」なのだから。
ここのコーヒーは前に飲んだところと違うな。でもこれもアリ、だな。
そんな風にニュートラルな物の見方ですべてを楽しむことが出来たら、きっともう貴方に美味しいお店ガイドは必要ない。自分の感性の赴くままに、色々な物を、味を、楽しめばいい。

そうして出来た好きな店には通い詰めて、たまに新しい風に吹かれてみる。
互いに褒めあい、フェアに判断しあう。
そんなコーヒー界の流れが出来たら幸せだと、本当に個人的に思うのである。

今回取材協力を頂いたDUN AROMA

公式サイトはこちら

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