大人のテーブルマナー③ -鮨屋の作法編ー

いまや国際的な、日本を代表する食文化ともいえる“鮨”。回転ずしブームも手伝って庶民にもかなり身近なものになった。だからこそ時には少し奮発した鮨を食べてみたくなるものだ。「料理を楽しむテーブルマナー」第三回は、鮨屋で粋にふるまう術を考えてみたい。

握り鮨ー江戸の町人文化

これまでの二回で紹介してきたフレンチや会席のマナーは、基本的には貴族文化の中で醸成されてきたものであった。だが今回、そして次回で紹介する鮨や蕎麦は、いまでこそ高級料理になったものの、江戸の町人文化の中で生まれ育ってきた生粋の庶民食。とはいえそこは“いきでいなせ”を自負する江戸っ子たちのこと、なんでも許されるというわけでもなく、彼ら独特の美意識のもとに享受されてきたのであった。

もっとも当時と現代ではその位置づけも全く異なっている。
現代は高級なものとされている握りずしも発祥の当時は屋台飯、ファーストフードであった。握り以前の押し鮨等と違ってすぐにできることからせっかちな江戸っ子たちの気性にぴったり適合したのである。
なるほど今日では腹をくくって戦に向かうような面持ちで臨まざるをえない高級鮨が増えているけれども、だからといって肩ひじ張る必要はないし、最低限のマナーだけ押さえておけばいい。
あーだこーだと難癖つけてくるような人がいたら「あーだこーだ文句を垂れながらかしこまって食うほうがやぼってもんでえ」等と言い返してやればそれで済むのである。

ちなみに「江戸時代は鮨はファーストフードだったのだから現代の高級寿司なんてバカバカしい」というのは必ずしもそうとはいいきれない。鮨ができたばかりの文政十三年(1830年)創業の松が寿司は、超高級鮨を提供して人気を博していたという。

鮨の作法

庶民文化だからかしこまらなくてもいい、だけど最高の鮨を最高な状態で食べるためにもある程度のマナーは要求される。以下でそれを記していきたい。

シャリとネタの調和を崩さないこと

なんといっても鮨の魅力は、シャリとネタの相乗効果。したがってそれをおいしくいただこうというときには、その絶妙な婚姻関係をいかにして保つかというのが焦点化してくる。このためにもシャリはできるだけ崩さないようにいただきたいところだ。

ネタにしょうゆをつける

シャリにしょうゆをつけると、シャリが崩れる可能性が高くなるのでネタにしょうゆをつけるのが良い。

ただ、実際やってみるとわかるが、箸でそのままネタにしょうゆをつけるべくひっくり返すと、高い確率で空中分解する。だからこそ寿司を手で食べることが推奨されてきたのである。けれども若い世代や、外国人の客、いいかえれば手づかみで鮨を食べることに抵抗を覚える人が増えてきたのも事実。だがある程度の鮨屋になると板前さんが刷毛でネタにしょうゆを塗ってくれるケースがおおい。安心して箸で食べよう。

一口で食べる

これもシャリとネタの神聖な関係を堪能するために非常に大切だ。刀のように鋭利で、鮨を一刀両断できるという歯をお持ちの方以外は一口で食べることを推奨する。大きくて食べられない場合は板前さんに言えばよい。半分に切ってもらえるか、小さめに握ってもらえるはずだ。

粋がらないこと

いきがるなんてのは全く“いき”ではない。あくまで自然体で“にじませる”ことこそがいきの本質だ。宵越しの銭を持たぬと言われた江戸っ子の意地の気性と、自分を偽って大きく見せようとする”いきがり”は、似ているように見えて正反対の行いである。

通ぶってはならない

例えば会計のことを「おあいそ」といってみたりお茶のことを「あがり」なんて言ってみたりして通ぶるのは恥ずかしいのでやめたほうがいい。
そもそもいい鮨屋にいくなら、我々が板前さん以上に鮨に“通”じているなんてことはないのだから変に知識を入れて大上段で披露すると、逆に恥をかくことになるだろう。たとえデートで、同伴の魅力的な女性に格好つけたいのだとしても力の入れどころを間違えてはならない。

あらかじめ予算を伝えておく

高い鮨屋は高い。当たり前である。だが高いからといってかっぱ巻きばかり頼むのも、逆に提示された会計をみて青ざめるのも、どちらも避けたいところである。したがって予約の段階で、あるいはカウンターに座った段階で「一万五千円程度で」と予算を伝えておけば、あとはその予算のなかで板前さんが最高の鮨を握ってくれるだろう。

困ったら板前さんを頼ること

何か困ったことがあったら板前さんを頼るのが一番いい。多くの場合板前さんは、鮨を握る技術だけではなく会話を弾ませたりするコミュニケーション能力も職人級。なにかわからないことがあれば遠慮しないで板前さんに質問するのが最もよい解決策である。
ただし板前さんが忙しそうにしているときに話しかけるのは避けたほうがいいだろう。

最後に

値段以外は気軽なのがいい鮨屋の条件だ。そうそう通える値段ではないが、だからこそ肩の力を抜いて楽しみたいもの。
もちろん上記したような作法はいい鮨屋限定のものだ。やすい百円回転鮨では、ネタとシャリのハーモニーもクソもない。私自身はしないが、一般的にマナー違反だとされている「ネタをはがしてしょうゆをつける」という食べ方も、安い寿司ならではの楽しみ方としてはありだと思う。
最後に、“いき”に鮨を食べることを語る野暮を詫びて本稿の締めくくりとする。

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