カテゴリ: 大人の嗜みガイド

叢 -多肉植物の極北

叢(くさむら)という、独特な地位を築いている植物屋がある。
広島に本店を構えるこの植物屋は、最近ブームの多肉植物に芸術としての価値をプラスしたパイオニアだ。
単に表面的な美しさではなく「いい顔してる」をコンセプトに選ばれたサボテンたちは、その魅力を引き出す器とともに、画一的で個性のない植物に慣れた我々の目には新奇に映るだろう。

叢のサボテンと侘び寂び

そんな叢の作品たちを観たとき、強い“和”の表情を感じた。遠いアメリカの砂漠で生まれたはずのサボテンたちが、不思議なことに日本的な美であるところの”侘び寂び”を感じさせるのである。

だがそもそもサボテンというもの自体が、いわゆる西洋の美からはかけ離れた地点に立っているような気がする。
均衡、釣り合いが取れているものを尊重する伝統的な西洋の美に対して、どこか不格好で、華々しさのない多肉植物は苔や岩を愛する日本人のDNAと同じくするところがあるように思えるのだ。

それは叢のコンセプト「いい顔してる植物を集める」の中にも反映されている。

上の写真のような、どこかひなびた、枯れた雰囲気を持つサボテンを、通常の植物屋で取り扱うことはない。
だが叢では、こうした植物をこそ扱う。一般的に美しい多肉植物だとされているのはつやつやとして傷のないもの。だけどそれっておもしろい? 叢はそう疑問を投げかける。
その植物がどういう風に育ってきたのか、その背景にどんなストーリーがあるのか、と着目するその姿勢は、古びた寺、雑草の生えた廃屋の上に浮かぶ月、ごつごつと曲がりくねった松の老木に美を見出すような“侘び寂び”の美学と合致する。

そんな叢の多肉植物たちに、なにかひとつ言葉をあてがうとするなら、それは「奥ゆかしい」という言葉になるだろう。
奥ゆかしい、というと今では昔風で男を立てる女性をさしていうことが多く、すこしネガティブなとらえ方をされがちだが本来は、「ゆかしい」という「みたい、ききたい、しりたい」のような、興味があって心が惹かれる様をさす言葉に「奥」が組み合わさったものだ。奥にあるもの、背景にあるものが気になる、心が惹かれる、というのは叢と同じくするところである。

そしてこの「奥ゆかしさ」が、叢に“侘び寂び”という日本的な美意識を感じる理由なのだ。
過剰さを旨とし、我々を圧倒するような、我々の心の奥に踏み込んでくるような西洋的な美に対して、日本の美は空白、我々の側が主体的に踏み込んでいくような奥行きを重視する。
我々が叢の多肉植物たちをみるとき、そこには「これをもっとしりたい、みたい」と感じる心の働きが生まれるはずだ。

東京で叢を観るなら

広島に本拠地を構えていることもあって、なかなか触れる機会がないが、幸運なことに7月3日から東京・恵比寿のNADiff A/P/A/R/T 3Fで「叢」と10組の作家による展覧会『叢×10』が開催される。
これを機会に、多肉植物の新境地に思いを馳せるのも悪くないだろう。

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編集部 三宅隆平

脳髄を置いてきぼりにして走る

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