【創り手たち-vol.3】美容院に行くように靴磨きを ーGENTLE中山氏の挑戦ー

どうも最近“靴磨き”が熱いのだという。急激な変化が“靴磨き業界”に起きている。すっかり過去の遺物であるように思われていた靴磨きに、再びスポットライトが、それも以前とは全く違った形でのそれが当てられているのだ。 出張靴磨き専門店「GENTLE」の中山和彦氏は、そんな大きな潮流の真っただ中にいる。今回アクセトリー編集部は、そんな中山氏に熟練のプロの技を実際にみせてもらいつつのインタビューを行った。モノ・コトを創り出す『創り手たち』シリーズ第3弾。

GENTLEな靴磨き

どこか暗いイメージが、靴磨きにはあった。
新橋や上野の駅前で、雑踏に埋もれながら、靴墨で汚れた服を着た職人が、頭を下げるようにしてサラリーマンの靴を磨いている……。

最初に出張靴磨き専門店「GENTLE」の中山和彦氏を見たとき、そうしたイメージがすっかり過去のものであること、そして“靴磨きの世界に起きている急激な変化”がどのようなものであるかということをおぼろげながら理解した。

ボルサリーノの白いパナマ帽に、上品で軽やかな薄手のジャケット。それが中山和彦氏のスタイルだ。蒸し暑い梅雨の日であったというのに、かっちりとジャケットまで着こなした中山氏の表情はあくまで涼しげ。
なるほどこの人が靴を磨くのか、と思わず自分の襟を引き締めたほどである。

すべての道具一式が入った出張ケース。これだけでもイメージの靴磨きとは一線を画す。

足下には靴に合わせて最適なものを選べるよう、多くのクリームが。

靴磨きの持つイメージを変えたくて、あえてこういう格好でやっているんです、と中山氏は語る。

「靴磨きっていうと、マイナスイメージが強い。僕もそう思いましたし、もっとお洒落の一部として楽しんで欲しいなって。」

丁度、髪が伸びてきたからそろそろ美容院に行こうかな、髪型をおしゃれにして気分転換にしようかな、そう思うような感覚でシューシャイナーのもとを訪れてほしいのだという。
欧米では当たり前となっているこの感覚を、日本でも普及させたいという中山氏の思いは、鏡面仕上げまで含めて1500円という、驚きの価格に表れている。もちろん価格が手軽だからといって手抜きは一切しない。

靴磨き台と道具一式、ここから蘇りのストーリーがはじまる。

そんな中山氏に今回磨いていただくのはこちらの黒の革靴だ。
手際よく靴ひもを外した中山氏はまず最初に靴の中をアルコール消毒し始める。

履いていると、やはりどうしてもつま先のほうに靴下のカスが溜まってしまいがち。それがカビのもとになるのでしっかり取り除いてあげるのだという。

「これにはシューキーパーを綺麗に保つという意味もあるんです。やっぱり何足もの靴を相手にするわけですから、シューキーパー自体も清潔にしないといけない。」

予め中の汚れを丁寧にクリーニング。

「次に靴の汚れを落としていきます。」といって最初に取り出したのは木の質感が暖かいブラシだ。
惚れ惚れするような手さばきで、しゅっしゅっと埃を払っていく。
途中で小さめのブラシやサンドペーパーに持ち替え、靴のコバのガンコな汚れを落としていく。

「靴のコバの汚れをサンドペーパーで落とすときは、すこし水をつけてやると楽にできますよ」

と中山氏。

指先を器用に扱い、細部まで徹底して磨く。

「そしてコバインクでコバの調子を整えてあげます。家でやる場合は最後でもいいんですけどね。でもお客さんの靴を磨かせていただくときは、その後履かれるので、乾きやすいように最初のほうにやっておきます。」
シンナー系の匂いが鼻につきますかね、と中山氏は少し申し訳なさそうな顔をする。

慎重にコパインクを塗る中山氏。正直、コパまでここまで丁寧に対応してもらえるとは思わなかった。

「ブラシやサンドペーパーで埃を取り除いた後、今度はクリーナーを使って汚れを落としていきましょう。」

磨く1つ1つの所作が、見てる人を惹き付ける。

「よし、汚れを落としたら次は靴クリームで栄養を補給してあげます。」

そう言うと、驚いたことに中山氏は指にクリームをつけて直接靴に塗りだした。

「別に布やブラシでやってもいいんですが、それでも指のほうがいいんですよ。まず分量を間違えないのと、体温でクリームが温まるので、革に染み込みやすくなるんです。実際塗った後に、指で塗ったものは革がもっちりとするんですね。」

革の状態がより分かるとかもあるんですか、と尋ねると、

「そうですねー、やっぱりわかりますね。ああ、この革は乾燥してるなあ、とか。その意味でも指で塗るといいんですよ。」

「クリームを指で塗り終わったら、次は豚の毛のブラシでクリームを馴染ませて、一通り馴染んだら乾拭きして余分なクリームを落とします。」

実際に自身の指で塗ることで、革の状態が分かり、ムラなく仕上がるという。

「そしたら次にワックスをつけていきます。これがいわゆる靴墨ですね。これは靴を鏡のようにピカピカにするだけではなく、靴を衝撃や雨から守る効果もあるんです。」

これによって靴の革の毛孔だとか微細な傷だとかいった凹凸を埋めていくのだという。

「フランネルの布を水で少し湿らせてワックスを重ねがけしていきます。だいたい二十回くらい繰り返しますね。
だからしっかりやると全体で一時間くらいはどうしてもかかってしまうんです」

と中山氏は言う。

ここからは何重にも重ねて、丁寧に磨き上げていく。


30歳を過ぎ、モノを大切に、心を浄化する

ワックスを塗っている間に、中山さん本人についてもお伺いすることに。

「今僕三十七なんですけど、三十を超えたあたりで、良いものを永く愛用したいという気持ちが芽生えた。」
どういう経緯で靴磨きに目覚めたのだろう、と疑問に思って聞くと、中山氏は少し恥ずかしげに口を開いてくれた。

「若いころは全然そんなことなかったんですよ。靴であれシャツであれ、モノを大切にするってことを全然してなくて、もうよれてきたらじゃんじゃん捨てちゃってました。でもそういうのって良くないなぁって。実際靴磨きであれ何であれ、モノを大切にしていくっていうのはすごい心を豊かにしてくれるんですよね。」

なんだか僕にとって、その作業自体が無心になって精神を浄化できる大切な時間なんです、だから休日も帽子や傘やシャツの手入れをすることが多いですね、と語る彼の姿勢は、あくまで謙虚で誇るところのないもの。

「で、独学でいろいろ調べたりして、どんどん靴磨きの世界にのめりこんでいったんです。そりゃやっぱりみんな教えてくれないので……」

お話を伺っている間にも、ワックスで磨くその手際には一糸の乱れも生じない。

先端からグラデーションがかるよう磨きを調整し、ラインが美しくなるよう縦に磨く。

「よし、では最後にヤギのブラシでワックスをなじませ、光沢にグラデーションをつけていきます。このときに靴に対して縦に磨くと引き締まった表情になりますよ。」

この光沢の出し方にも、中山さんのこだわりが詰まっている。

「こう、つま先からグラデーションにしてあげて。あとはワックスをつけるときの水の加減やつけ方、ワックスの種類とかで変わってくるんですが、うるうると濡れたような、まるで生きているような光沢を出すのが上品だと思っています。」

そうして磨かれた靴は、つま先、踵から主張しすぎることなく緩やかにグラデーションして光っている。
どこか丸み、立体感を感じさせるその靴は、なるほど確かに生きているようにも見える。

生まれ変わった姿。潤いすらまとった輝きは、大人の余裕と落ち着きを思わせる。

つま先の先端は鏡のような輝き。カメラマンが映り込んでいる。

靴磨きされた後の靴はこちら。
もともときれいな靴であったが、さらに生き生きと、躍動するかのように見えてくる。

「靴磨きの最大の楽しみは、もう捨てるしかないんじゃないか、と思われていたような靴が、新品同様に、いや、新品以上に生き返る瞬間に立ち会えることなんだと思っています。」そう語る中山氏に、編集部スタッフも一足磨いてもらうことにした。

結構な高いものだったというのに、一回も手入れされることなくぼろぼろになっていた靴、最初は甦るか不安であったそれもご覧の通り。まさしく息を吹き返すとはこのことだ、とさえ思ったのであった。

編集部メンバー使用の靴。しばらく手入れしておらずつま先はガタガタに。

乾き切った革はうるうると潤い、エイジングの効いた磨き上げで完全に生まれ変わった。


最後に、磨き上がった靴と共に

いいモノを長く、大切に使う、という響きに、どうも男は弱い。そしてそのいいモノとは必ずしもバカみたいに高いものである必要はない。
むしろ普遍的で時代を超えて愛されている名品たちを、時代を超えて愛し続けたい、男というのはそういう風に感じる生き物なのだと思う。
流行を追いかけてシーズンごとに違う服を着ていた若い時代が過ぎたとき、泰然自若として揺るがない“自分”のスタイルを確立したとき、自然とそういう姿勢が生まれてくるのだろう。

美容院感覚で、おしゃれの一部としてシューシャイナーを利用する、というのもそういうことなのだ。
いい靴を長く大切に使う。二か月か三か月に一回はプロの手でおしゃれに磨き上げてもらう。
単に綺麗にしてもらうだけではない、それを超えた確かな価値を、中山氏の熟練の技の中に見出したのであった。


今回取材協力頂いた出張靴磨き専門店『GENTLE』

今回は靴磨きの工程を写真でお伝えしたが、以下youtube公式チャンネルでは、その一部始終を動画で見ることができるため、是非チェックしてみてほしい。

youtube公式チャンネル

公式ホームページ

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