カテゴリ: 大人の嗜みガイド

ロバート・グラスパーはこういった。

“僕はこれまでずっとマイルスに負けてきた。(I always get beat by Miles Davis)”

2012年、アルバム「Black radio」で見事グラミーの栄誉に輝いたロバート・グラスパーはかつてこういった。

確かに、60年前の栄光が幅を利かせているジャズ界隈で、若手たちが自分の音楽を貫くのは大変なことだし、なにより売れない。
ジャズに興味をもって、聴こうという人がまず手に取るのは、ジョンコルトレーンかマイルスデイビスのCDだ。
ジャズという音楽ジャンルはここ60年ほどずっとマイルスの「カインド・オブ・ブルー」に負けてきたのだ。

でも最近その流れは変わりつつある。
ジャズという、過去の栄光に四方を囲まれた音楽ジャンルを、内側から突き崩すようなアーティストが続々現れつつある。

ロバート・グラスパー  -革命家か、無作法な破壊者か

その混沌とした変化のるつぼのただなかにいるのがこの「ロバート・グラスパー」だ。
彼の音楽は、一般的にはジャズとヒップホップのクロスオーバーだなんて言われていて、ある意味でそれは正しい。
でも単にヒップホップとジャズをクロスオーバーさせただけのものなら20年近く前からあったのだ。
なんならマイルスデイビスでさえやっていた。(1993年発表のDOO BOP)

こうした従来型のジャズ+ヒップホップ(R&Bなども)は、ヒップホップがジャズの服を着て歩いているようなものであった。
彼らは、ヒップホップという、新しい音楽形態の新しい形を模索しているにすぎなかったのである。

だが年代が下り、ヒップホップの感覚も、ジャズの感覚も、どちらも自然に受容してきたロバートグラスパーのような世代が現れる。
彼らにとって、そうした音楽はどちらも血肉の一部であり、気構えて融合を試みるまでもなく、自らの身体のうちで分かちがたく結びついているのだ。

こうした最近のヒップホップとジャズの境界線の崩壊は、ジャズ界隈の人材とヒップホップ(R&B、ネオソウル)界隈の人材の行き来をみていてもわかる。例えばこのロバートグラスパーはケンドリック・ラマーのアルバムに呼ばれて参加している。


もちろん彼のピアノが美しいのは、彼の革命性云々ではなく、メロディーの美しさと、鍵盤の軽やかなタッチがもたらす透明な音色があるからだ。
フジロックでのパフォーマンスも素晴らしかった。ホワイトステージで砂埃にまみれながら聴いたピアノの透明感たるや!


個人的にはこのアルバムが一番好きだ。前半はアコースティックなトリオ編成、後半からはエレクトリックを入れた実験的な音楽。その二つをつなげているのはクリスデイブのドラムだろう。

クリス・デイブ -強靭なビートとジャズのゆらぎ

ロバートグラスパーのヒップホップ的音像を一手に引き受けているのが、この天才ドラマー、クリス・デイブだ。
ジャズ界のみならず、ヒップホップの界隈でも、人力ブレイクビーツとして尊敬を集めている。

ごくごく単純に、めちゃくちゃうまくてかっこいい。
手数が多くて、わかりやすいからジャズファンの中にはあまり好まない方もおられるかもしれない。
でもそのリズムの奥にあるものに耳を傾けてほしい。
結構複雑なリズムを叩いているのに、さらっと流して聴けるのはおそらくそのリズム感がヒップホップをベースにした、ミニマルでシンプルなそれだから。
いくら手数を増やしても、ジャズ的な揺らぎを入れても、変拍子を盛り込んでも、ベースになるリズム感が極めて強靭で正確だからぶれることなくさらっと聴けるのだ。

音も、タイトでありながら鋭利とまではいかず、流線型的な切れの良さが快感である。

それにしても、ロバート・グラスパーにせよ、このクリス・デイブにせよ、あるいはこの後紹介するカマシ・ワシントンにせよ、最近の期待のホープたちが、いずれも日本の音大に相当するアカデミックな機関で音楽教育を受けているのは興味深い。

さながら映画「セッション」のような白人的なスパルタ教育の場で、本当のジャズが生まれるわけない!という主張もよく聞く。
だが、グラスパーたちは、アカデミックで白人的、権威主義的な機関で教育を受けながら、同時にヒップホップという反体制的でストリート的な音楽の血をその体に流している。
そこに、スウィングからビバップへと羽化するころのジャズの熱気に近しいものを感じはしないだろうか?

フライングロータス -コルトレーンの甥にしてヒップホップの革命児

ケンドリックラマーのラップが弾丸のようにピアノを切り裂いたかと思えば、荒れ狂うようなベースソロが挿入される……
決してこれをジャズと呼ぶことはできないのかもしれないが、ジャズファンに「これはやべえ」と思わせるだけの何かがある。

前述のロバートグラスパーやクリス・デイブが、ヒップホップの血をその身体に流しているジャズアーティストであるなら、フライングロータスはその逆。
偉大なるジョンコルトレーンの血を、文字通りその身体に流している彼は、あくまでもヒップホップ/ビートミュージックの立場からジャズの新しい形を僕らに提示した。

これまでも天才と呼ぶにふさわしい作品を作り続けてきた彼だけど、2014年のアルバム「You're Dead!」は、数々の名作の中でも群を抜いて優れたアルバムになっている。

ハービーハンコック(マイルス・デイビス・クインテットでの活躍が有名)をも起用し、昨今のジャズ‐ヒップホップのベンチマークともいえるこの作品の特徴は、生楽器の“生”感にこだわっている点だ。
ロバートグラスパーたちが、まるでブレイクビーツのような、ヒップホップ的な音像をあえて作っているのに対して、フライングロータスは、生楽器の演奏、即興を再編成してジャズ的な音像を作り出しているのである。

興味を持ったジャズファンの方は、是非この「You're Dead!」を聴いてみてほしい。


カマシ・ワシントン -ジャズの百年の歴史の結晶

ケンドリックラマー、フライングロータスの寵愛を集める超大型新人(彼らのアルバムでサックスを吹いているのはこいつ)がこのカマシ・ワシントン。
フライングロータスの「You're Dead!」で、極度にコントロールされていながら、なお獰猛で豪快なブロウを聞かせてくれたこのサックス奏者が、満を持して2015年の5月に出したアルバムが「the epic」だ。
三枚組、トータルで三時間近くあるこのアルバムはピッチフォークをはじめあらゆるメディアで大絶賛されている。

いや、実際こいつはすごい。何がすごいかというと、この三時間のアルバムの中に、ジャズの歴史のすべてが詰まっているところだ。ディキシーランドジャズからビバップから、フリージャズにフュージョン。もちろん昨今のジャズとヒップホップの融合もある。正統派のジャズだけでなくて、いわゆるジャズっぽいやつ(ジャズロックやジャズプログレ)にも幅広く手を出している。
それでいて普段ジャズを聴かない人たちにもリーチしうる天才的なポップネス。

彼がなにも新しいことをやっていないという批判は、ある意味あたっている。だが逆に、彼は新しくないこと以外はすべてやっているのだ。
いわばこれはジャズ百年の歴史の決算報告だ。これまでのジャズの終わり、これからのジャズの始まりを告げる日の出のごとき作品だ。

ジャズをプレイしたことのある人はこちらのセッションの動画も見てほしい。

アルバートアイラーとジョンコルトレーンが天国で手をつないでいるかのようなサックスソロはもちろん、ベース、ドラムソロもすさまじくかっこいい。
そんなに変わったこと、新規性のあることをやっているわけではないのに、むしろ徹底して“ジャズ”をやっているのに、その現代的なアドリブ構築には2015年までのあらゆる音楽の影を感じる。




アルバムも絶対きいてほしいのだが、それにもましてとんでもないのがライブパフォーマンスだ。
先日のフジロックでのライブも神がかっていた。2015年のブルーノートのライブと違って、徹底的にフェスに合わせて踊らせてくる演奏。
フジロックのベストアクトはシガーロスでもレッチリでもなく、このカマシワシントンで決まりだ。フジでトリを飾ったレッチリのベース、フリーがMCで「カマシワシントンはみたかい?」といったそうな。

そんな彼は2016年の冬にも来日する。
この記事で宣伝するまでもなく、満席になりそうだ。(ブルーノートではチケット完売、立ち見まででる人気だった)
ほぼ間違いなくチケット完売すると思うので、入手はお早めに。

これは僕らのためのジャズだ。

ロバート・グラスパーが「僕はこれまでずっとマイルスに負けてきた。」といってから早三年が過ぎ、ジャズを取り巻く環境は急激に変化し続けている。

勝ち負けなんて容易には判断できないけど、これまでジャズに興味を持っていなかった音楽好きたちが、ロバート・グラスパーやケンドリック・ラマー、フライングロータスをきっかけに“今のジャズ”を追うようになった、という事実は、少なくとも21世紀のジャズの、マイルスに対する局地的勝利を意味してはいないだろうか?

60年前のジャズを聴く君に、2010年代のジャズを届ける。
これが、今を生きる僕たちが聴くべきジャズなのだ、と少なくとも僕は思う。
今回紹介しなかったアーティストも山ほどいる。
ヴィジェイ・アイヤー、ジェイソン・モラン、ローガン・リチャードソン……。
今回の記事をきっかけにみながこうしたアーティストをdigってくれることを心から願う。

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編集部 三宅隆平

脳髄を置いてきぼりにして走る

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