ポートランドを何倍も楽しむには、この街でアーティストになる。

アーロン・ミラー。Egg Pressの印刷工房内で。

ポートランドはハンドクラフトがとても盛んな街。さまざまなアーティストが自分の表現を求めて、いくつもの分野にまたがって活動している人も多い。今回紹介するアーロンもその一人。彼はここのクラフト・カルチャーとして知られるレタープレス(活版印刷)のEgg Pressでプリンターとして働きながら、ミュージシャン、グラフィックアーティストの顔も持っている。

ポートランドの一部でありたい、10年後もずっと変わらずに。

街外れの工場地帯。古い煉瓦造りのビルで昔ながらの活版印刷のステーショナリーをつくっているEgg Press。ここで8年間プリンティングとプロダクションを担当するアーロン・ミラー(37歳)は、プロのロックバンドのメンバーとしてギターとボーカルを担当し、グラフィック・アーティストでもある。ポートランドにやってきたのは14年前。バンドのツアーで立ち寄って、すぐに気に入った。「まず、人がいい。緑が多くて、どこへでも歩いて行ける」そして「自分らしくいられるし、アーティスティック・フリーダムがある」と感じた。


腕のタトゥーは昔からの物。Photo by Christa Fowles

アリゾナの出身で、20代までは音楽一色の人生だった。バンド活動は大好きだったけど、ツアー生活はなかなか大変。路上で物を売ったりしながら何とか暮らしていた。だが、ポートランドに引越してきたアーロンは生活を変えようと一大決心する。デザインの勉強をするために、30歳目前にしてカレッジに入ることにしたのだ。それ迄バンドのTシャツをデザインするは好きだったけど、技術は素人レベル。まったくの基礎から学び、見習いのような形で仕事を得たのがEggPressだった。


オリジナル・ハイデルベルグの印刷機は昔のドイツ製、今でも故障なく作動している。

仕事しながら、みんな何かを作っている。

今、アーロンはフルタイムで働きながらミュージシャンも続け、アート制作にも没入している。作品の中心はシルクスクリーンのプリント。この夏はペンドルトンのCenter for the Artsで個展も開催した。作品はどこかとぼけていて、ウィットを感じさせる。「ちょっとユーモアの感じられるテーマが好きなんだ」。近頃はデザインワークを依頼されることも増えてきた。特に音楽アルバムやブックデザインは本当にうれしいという。「音楽とか本とか1年掛かりの作品のカバーを僕に頼んでくれるって、素晴らしい栄誉だと思う」。


「ポートランドにはアーティスティックな人達が多くて、クール」とアーロン。Photo by Christa Fowles

「神経衰弱」のゲームカードの作品。アイデアもイラストもすべて自身による。

自分の暮らす街が大好きなんだ。

これ迄この連載で話を聞いてきた人々と同じように、アーロンもローカリティがポートランドの文化の重要な部分だと思っている。「この街に来て驚いたのはバンドやライブの多さ。アートショーもたくさんある」今は聞く音楽の7、8割が地元のミュージシャンという彼だが、過去に住んでいた街ではローカルを応援するなんて考えられなかった。「みんなが大都会を目指していたんだ」ダウンタウンから少し離れた地域に住んでいる彼は、自分のネイバーフッドがとても好きだという。「どこか旅行して帰ってくるといつも思う。ポートランドは本当に素晴らしいって。そして、自分がどんなにこの街を愛しているか気付くんだ」


Egg Pressのファウンダーのテスとデザイナーのキャラと。二人には大きな影響を受け、デザインのすべてを学んだ。


Egg Pressのオフィス。会社というより仲間が集まってモノづくりしている雰囲気。Photo by Christa Fowles

ポートランドは人気都市になるに連れて家賃の高騰や地域の高級化が進み、住み続けられなくなる人もいる。そのことをアーロンどう思っているのだろうか。「変わったというネガティブな意見もある」と前置きした上で、「ただ、都市にはその問題は付き物。それでもポートランドのクオリティ・オブ・ライフは断然いいと思うんだ。だから僕はそんなに心配してない」去年アーロンは同じEgg Pressで働くキャシーと結婚した。好きな仕事とライフワークに加え、パートナーや家も持てた。その幸運さはよく分っている。「自分の年齢からこんなふうに生きられるなんて、他の場所では想像できないよ」


昨年結婚した同僚のキャシーと家の前で。Photo by Christa Fowles

カルチャー・ハングリーな人々が集まってくる。

アーロンはポートランドの人々が何かを求めて外に出て来る感じが好きだという。「家でただテレビを見て過ごす生活じゃなくて、みんなアートやカルチャーにすごくハングリー」毎夏、 彼はティーンエイジャーのロックンロール・キャンプを指導している。バンドの組み方や演奏を教え、バンドのロゴデザインやジン作りなども担当。「外からきた人達はこの街のカルチャーに驚くけど、これを創り上げるには時間もかかってる。Egg Pressもそうだし、 みんなが一生懸命やってきたんだ」そして自分も一緒に働くことで、このカルチャーをより拡げたいと思っている。「少しずつ自分もポートランドをつくる方に参加できるようになって、それがすごくハッピー」 。


バンドの名前はMONTHS。「僕は基本的にハッピーガイ。ずっと楽しみながらやっていくよ」Photo by by Jason Quigley

「A part of Portland」 であることが大事。

たまたまここにやって来て、想像しなかった人生を歩いているアーロン。10年後どうしていたいか尋ねると、即座に答えが返ってきた。「今と同じようにずっとポートランドやEgg Pressの一部でありたい」。そしてミュージシャンやデザイナーとして、夫として、もっと成長したい、と。「人と比べる気持ちがないとは言わない。でも、やってることが好きだって言うのが、自分には何よりも大切なんだ」
剥き出しの競争意識がないのは、ポートランドの特徴でもある。みんな自分のやりたいことを追求するし、それをリスペクトする風土がある。だから、ここでアーティストになるのはすごく難しい訳じゃない。ただ、好きなことをやればいいのだから、アーロンのように。そうすればこの街は何倍も楽しめるだろう。そんな人生って、悪くない。

(文・写真(クレジット以外):百木 俊乃 ポートランドの暮らしブログ365Portland.com編集人。コピーライター、クリエイティブ・プロデューサー。日本とポートランドをつなぐプロジェクトの企画プロデュースを行っている)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です