ビール文化は日本に根付くのだろうか?【ビールな人々総括】

ビール離れが叫ばれて久しい。一方でクラフトビールがブームと呼ばれていて、ビールの多様性は一定の認知を得てきたのではないだろうか?

大手しかビールを作れなかった時代があった

良い悪いの話ではない。

この20年で、ずいぶんビール文化が定着したように思う。

もちろんクラフトビールブームのことだ。
「文化」っていうとなんだか大きく聞こえてしまうが、言ってしまえば「多様化」。

その昔、ビールといえば生だった時代(そして最初の一杯が「生」半強制だった時代)、思うにビールは文化ではなくルールだったのではないか。

一方今は、いわゆる国産クラフトビール(よなよなが代表例だろう)がコンビニの棚に並び、ブルーパブが軒を連ねていて、ビール離れなんて嘘なんじゃないの?なんて思うことすらある。
ワイン、カクテル、日本酒。それぞれにそれぞれの選択肢がある。
今日ではそこにビールが加わっただけのことだ。

では日本のビールはこの二十年で、どう変わっていったのだろうか?

サンクトガーレンの闘いー地ビールはここから始まったー

サンクトガーレンの岩本氏とその父がいなかったら、もしかしたら日本にはいまだに大手のビールしか存在していなかったかもしれない。

いや、おそかれはやかれ日本にもクラフトビールの波は来ていただろうけれど、そこに”日本の”クラフトビールの姿はなかったかもしれない。

日本のビール史を変えたのはサンフランシスコのレストランの一杯のエールだった……。

日本のビール史を変えた男‐闘う醸造家、サンクトガーレン岩本氏‐

2016.09.23

海外で人気のネストは、しかし常陸野にこだわり続ける。

ポップなフクロウのイラストのビールを見かけたことはないだろうか?
そう、それが常陸野ネストビールだ。
日本での知名度も高いこのビール、実は海外での人気も非常に高いのである。

常陸野ネストが海外でビールを売るためにたてた戦略は
「とことん日本に、常陸野にこだわること」
だった。

常陸野でしかできないことを。

2016.09.23

湘南ビールー蔵元という伝統とクラフトビールという革新

湘南というと、どうしても海だったり砂浜だったりと爽やかなイメージが先行する。
一方で明治5年創業の蔵元というと、伝統的で、重々しいイメージが喚起されるのではないだろうか?

湘南ビールは、熊沢酒造という湘南の蔵元が、「湘南」であることにこだわって作っているクラフトビールだ。

「湘南」の「蔵元」が「ビール」を作っている、ということ。

日本のクラフトビールのあるべき姿は、伝統、文化(その例が日本酒だ)と、クラフトビールという新しいものとの共鳴の中に見えてくるのかもしれない。

蔵元としてのビールとは。 熊澤酒造を訪ねて。

2016.09.23

クラフトビールブームの仕掛け人 -地ビールからクラフトビールへのパラダイムシフトー

クラフトビール、という言葉を日本で最初に使ったブルワリーはCOEDOビールだ。

地ビールブームの波に乗り、そして飲み込まれ苦戦したコエドビールは、「クラフトビール」へと転換を図ることで飛躍を遂げたのである。
「コエド」から「COEDO]へ。
日本のクラフトビールの歯車が回りだしたのは、おそらくはその瞬間ではないか。

そんなコエドビールを貫いている想いとはなんなのだろう?

クラフトビールの仕掛け人 COEDOビール朝霧氏

2016.09.27

キリンビールの挑戦スプリングバレーブルワリー。ークラフトビールを「ブーム」でおわらせない義務ー

大手ビールメーカーであるキリンビールがブルーパブにのりだした。

クラフトビール愛好家からすれば「ついにきたか……」といったところだろうか?

大手の参入自体には賛否両論があるだろう。
だが、彼らの持つ「クラフトビールをブームで終わらせてはならない。」「ビールを文化として日本に根付かせたい。」という想いは掛け値なしのホンモノだ。

キリンビールとしての伝統と、ブルーパブ・SVBとしての挑戦は、はたして日本にビールの楽しさを伝えられるのだろうか?

キリンビールの挑戦―スプリングバレーブルワリー ヘッドブリュワーにきく

2016.09.23

日本のビールの未来は?

たぶんだけど、クラフトビールは普及する。
すくなくともワインくらいには普及するのではないか、というのが私の考えだ。

今回5つのブルワリーに取材して感じたこと、それは「日本/土地、ビールの楽しさへの強いこだわり」であった。
そして地ビール、クラフトビールへとブームに乗って姿を変えているように見えながらも、着実に「根付いている」ということを実感した。

だからこそブームは文化へと変化していくはずだ。

クラフトビール、ひいてはお酒そのものが、文化として、嗜むものとして飲まれてほしい、というのがアクセトリーの願いである。
酔うためにお酒を飲む人がいなくなることはないかもしれない(否定するつもりもない)けれども、お酒だって人生を豊かにするのだ、と伝えていきたい。

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