カテゴリ: ビール

熊澤酒造は湘南最後の蔵元として、明治の5年から今なお地酒を守り続けている。
しかし彼らが情熱を注いでいるのは、日本酒だけではない。
湘南の地でクラフトビールを作る。それこそが熊澤酒造のもう一つの顔、湘南ビールである。

今回はそんな熊澤酒造にて、社長の熊澤さんと湘南ビールの醸造士である筒井さんから、熊澤酒造が蔵元としてどんなビールを手がけようと考えているのか、お話を伺った。




熊澤酒造の本社は、茅ヶ崎より少し内陸の方に位置する香川という場所にある。
日本酒とビールを製造、出荷する工場という側面もありながら、その敷地内には日本料理、パン屋、イタリアン、カフェ、雑貨屋があり、平日でも多くの地元民が足を運ぶ。

社長の熊澤氏は熊澤酒造の6代目蔵元。
清酒造りの伝統を守っていく中で、ビール造りを始めようとしたきっかけは寒仕込みである日本酒の他に、蔵元がやれる事業として、ビールを始めたとのこと。
日本ではちょうどビール製造の規制緩和が起こる寸前であった。ただし、彼の思い描いているビール像は他のブームに乗っかったブルワーとは大きく異なるものだった。

「その頃地ビールブームが起きていたのですが、そこで造られるような外国のコピービールは、作ろうとは思いませんでした。我々は蔵元ですから、この湘南の地で外国の真似をしても意味がないのです。なのでドイツからブルーマスターを呼んだ時も、日本の文化に興味がある方を呼びました。日本の文化に理解も興味もなければ、それがビール作りにも影響して、ドイツのビールを作ることになってしまいますから。」


ビール造りに関してのノウハウを学ぶ先はどうしてドイツだったのだろうか。
熊澤氏は入社前までアメリカに留学をしていた。
そこで彼はクラフトビールのムーブメントを肌で感じていた。
縁のあるアメリカの地でその製法を学ぶこともできたはずではないだろうか。

「アメリカでクラフトビールブームが起きる前、地域文化に根ざしたビール造りをしていたのはドイツでした。そのクラフトマンシップが、蔵元のイメージと重なったため、ドイツの製法を学ぼうと考えました。」

ドイツ圏のビールは、似たようなスタイルでも地名ごとに若干の違いがあり、そして名前が異なる。その上伝統的なビールを製造していることが多い。確かにドイツと蔵元というイメージはしっかりと馴染む。

奇しくも、クラフトビールが流行る以前からクラフトマンシップを心がけてきた熊澤酒造と湘南ビール。
ブームに乗せられるだけの新規参入のブルワーが神輿に担がれるのではなく、熊澤酒造のように理念を貫き通している作り手が評価される流れとして、クラフトビールという概念が日本に定着していくことを願いたいものだ。

「日本酒であれビールであれ、湘南の造り酒屋であるというスタンスを崩さないようにしております。大切なのはイメージに左右されないということです。
土地や物事にはイメージというものがあります。例えば蔵元だったらドイツビールが当てはまるし、湘南だったらコロナビールが当てはまる。けれどそのような他者から見たイメージではなく、湘南の蔵元として自然に取り組めること、湘南という地域にあったビール造りをこれからも続けていくことを念頭に置いています。他と違うところといえば、湘南という地域であるということだけなので、この土地で何が出来るかということをこれからも考えていきたいです。」



さて、お次は気になるビールの製法のこだわりや昨今のビール業界の話に迫っていこう。
こちらはビール醸造責任者の筒井氏にお伺いした。

湘南ビールと言えば、都内ではビアバーで見かけるがビンでは珍しいといった認識がある。
醸造士の筒井さんに、ビンを広く展開しないのか聞いてみると、

「やはり地元で消費したいという思いが大きいので、ビンの出荷は地元の百貨店や酒屋さんとの取引がメインです。ただ、今では都内をはじめとして全国にビアバーさんが増えてきたので、そちらに向けて樽を出荷しています。そして直営店もやっていますのでそちらにも供給していて、それぞれ1/3ずつの出荷というバランスで成り立っています。」


地ビールブームが去ったのち、苦しい時期をどうやって乗り越えてきたのだろうか。

「うちの場合は、直営店をやっていたためそこまで苦しくはなかったのですが、百貨店での売り上げなどはやはり落ちてしまいました。ただ、近年はビアバーに向け樽の出荷が増えたことや、少しずつ地元の消費が伸びてきたことで、年々設備を増設しないと生産が間に合わないような状況です。」

年間250kl(キロリットル)のビールを捌き切る湘南ビール。今では安定して成長を続けているようだ。
クラフトビールに湧く昨今、湘南ビールでオススメのビールはなんなのだろう。

「季節によって変わるとは思うんですが、今はやはりIPAに力を入れているので、シングルホップIPAのシリーズですね。このシリーズは4、5年前、IPAを作っていこうという話になった時に、僕らもホップのことを深く知ろうという考えから、一種類のホップのみを用いたIPAを作り始めました。」

「結果として、販売店の方は、そのホップの特徴でビールの味わいを説明しやすくなり、お客さんは色んなホップを味わえて楽しめる。そして我々はホップやビールについての知識をより深く身につけることができるようになったんです。 今では月一本程度、伝統国だけでなく、オーストラリアやニュージーランドの新しいホップを使って作っています。マスカットやライチ、パッションフルーツなどのフレーバーを感じられるような面白いホップも出てきているので、そういう珍しいものだと二、三日で売り切れてしまうこともあって、このシリーズに期待感を持たれていることを実感しますね。」

もしかしたら近い将来、ビアバーでホップの名前が気軽に飛び交うようなことが起きるかもしれない。
しかしせっかく風味が違うのだったら、その比較してみたいと思うのが人情。
けれどシングルホップシリーズ自体は同時に二種類作っていないため、湘南ビールとしてのスタンダードなIPAであるIPAアメリカンスタイルと合わせることになる。癖があるもの同士をぶつけ合うのではなく、その時作られているシングルホップが標準と比べてどのように風味が特徴的になっているのかを知ることができるだろう。

個々に標準的な味わいと挑戦的な味わい、全ての湘南ビールの味を決めているのは筒井さんだという。時には他の醸造家に話を聞いて回って気にあった味わいを追求するのだという。味を追求していくことに関して余念がない。

マスメディアでも大きく取り上げられるクラフトビールブームや、毎月のように行われているビールフェス。まだまだビールの盛り上がりが続いていくようにも見えて、新興勢力であるブルーパブのような新しいうねりには一長一短の要素があると考えているようだ。

「新しいお客さんの開拓であるとか、メディアの露出の機会が増えるとか、ポジティブな部分がある反面、最近出てきているところはブルーパブのような形態が多くて、あまり良い設備を持っていないところが少なくないんです。それでも、新しい小さなブルーパブでも美味しいものをしっかり作っていってもらいたいですね。地元のブルーパブに関しては、交流を持つようにはしています。茅ヶ崎で新しく「ゴールデンバブ」というところが醸造を始めるので、教えられる技術は彼らと話をする中で伝えていって、地元で一緒に良いビールを作っていければなと思っています。」


参入の敷居が下がったことによって、クオリティの低下という別の問題が生まれてきている点は、メディアとしてもビール業界としても無視できない問題であろう。
一方、小さなブルーパブだけでなく大手もクラフトビールの新規参入を図っているのが昨今のクラフトビールブームの面白いところでもある。大手の参入に対してはどのような思いを抱いているのだろうか。


「やはりそれにもメリットデメリットがあると思います。キリンが参入してくれたことによってメディアに大々的に取り上げられているところもあると思いますし。その反面、早期に撤退されてしまったら、それでブームが失敗に終わったということが強く印象付けられてしまいますので、まだ結果は見えていないですが、二つの面があると思いますね。」

一過性で終わってしまったらたまったものではないですね、と編集部が苦笑げに答えたが、
筒井氏は大手のビールと湘南ビールはそもそものベクトルが違うので特に気にしていないと語ってくれた。

「100人が飲んで100人が美味しいと頷くビールを作るのが大手、彼らはそれを作るだけの高い技術があるので。でも我々みたいなところは100人いたら5人10人が好きと言ってくれるような個性的な味わいを目指しているので大手と我々は差別化されているのだと思っています。」


その自信はきっと、艱難辛苦を耐え、今なお事業を続けているがゆえのものであろう。
日本酒だけではなくビールにも蔵元らしさが根付いていることをひしと感じられた。おごりではなく、静かに燃えるプライドがその言葉から感じられたのである。

「この土地で何が出来るかということをこれからも考えていきたいです。」
という熊澤氏の言葉を反芻してみる。
無理をすれば、二番煎じになる恐れもある。必要以上に手を広げれば、蔵元である意味が薄れてしまう。しかし、そういった心配はこのブルワリーにはない。
湘南ビールと熊澤酒造は蔵元としての絶妙なバランスを保ちながら、成長を続けている。
そしてきっとこれからも凛としてしなやかに、湘南の地で愛されていくことだろう。
持続可能なクラフトブルワリーは、すでに地ビールの頃より生まれ出で、日本の地でしっかりと息づいていたのだ。

海外でも広い支持をあつめる「コエドブルワリー」に取材した記事もぜひ読んでみてほしい。

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編集部 岡田悠吾

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