クラフトビールの仕掛け人 COEDOビール朝霧氏

クラフトビールは市民権を得つつある。でもクラフトビールってどこから来たの?そしてどこへ行くの? 今回は第四弾、協同商事コエドブルワリー代表の朝霧重治氏にお話を伺ってきた。

今回お話を伺った、コエドブルワリー代表の朝霧氏。

ブームは、二通りある。一過性のものとして終わってしまうものと、文化として定着するものだ。1994年に始まった日本の地ビールブームは、一過性のものとして終わってしまった。そのあと、地ビールは冬の時代となる。
そのずっと前、1979年に米国で起こったクラフトビールムーブメントは、ビール文化として完全に定着した。クラフトビールは今では米国ビール市場の10%を占めるほどだ。
昨今の日本の“クラフトビールブーム”の先にあるのは定着だろうか。それとも、終焉だろうか。

今回ACCETORYは、地ビール時代から日本のブルワリーを牽引し、日本の”クラフトビールブーム”の火付け役とも言われる、協同商事 コエドブルワリー代表の朝霧重治氏にお話を伺ってきた。

農業から、ビールへ。

埼玉県川越市にある、COEDO Craft Beer 1000 Labo/香麦-Xiang Mai-にて。

そもそもコエドブルワリーは協同商事という有機農産物の専門商社のプロジェクトだ。なぜ、ビール事業を始めたのだろう。
「もともとビール造りの構想はだいぶ前、1980年代からありました。有機農産物にどうやって付加価値をつけていくのかということを考えると、加工食品ということになる。フランスの牛乳は有名じゃないけど、みなさんフランスのチーズは食べたことがあるはずです。そうやって加工食品として付加価値をつけていくことで、農業を盛り上げていきたいと思ったんです。ワインなんかは最たる例ですよね。」と朝霧氏。
「当時、畑に鋤きこむための緑肥として使われていた大麦(ビール麦)を有効活用できないかと考えていました。その中から方法論として、大麦だったからビールを作ろうと思うのは自然な流れでした。日本で麦芽を作る産業が成熟していなかったこともあり、当時規格の関係で廃棄されていた川越の名産品、サツマイモでビールを作ることにしました。」
農業から何かできないか。そうしたアプローチで生まれたのがコエドブルワリーであり、サツマイモを使った紅赤-Beniaka-だったのだ。

観光地的なモデル

結局、酒税法の変更を待ち、コエドビールは規制緩和ののちの1996年にビール事業を始めることとなる。ドイツからブラウマイスターを社員として招き入れて教育を行うなど、当時から真摯なビール造りを続けてきた。そのため、地ビールとしての受け入れられ方には葛藤もあったという。
「当時の地ビールというのは、政府が観光地で“特産品を作ってあげよう”というガイドラインを引いて始まったものです。川越は観光地だし、特産物である紅赤を使ったビールも作った。マーケティングとして当時のコエドビールは観光地モデルに過度に飲み込まれたきらいがあります。それで、『地ビールのコエド』というイメージがついてしまった。」
地ビールブームに乗って乱立したブルワリーの一つと捉えられてしまった側面が少なからずあったのだ。その後、地ビールブームは終わり、マイクロブルワリーにとって厳しい時代が来る。

何事も無駄にはならない!

「ブームが終わるちょっと前の1996年ごろ、ブルワリーレストランは2時間のウェイティングがあありました。そのため先代の朝霧会長が、増産しようとちょうどプロダクションブルワリー(流通用の大きめの醸造施設)を作ったタイミングで、ブームが終焉してしまった。ブームが終わって、残ったのは施設だけ。ビール事業を潰してしまうか考えるほどだった。でも、自分自身バックパッカーとして学生のころに巡ったヨーロッパで出会った、ビールの文化としての豊かさや楽しみへの驚きをきちんと伝えること、そして残念ですが、一度しっかりと自己否定してやりなおすことで、ビール事業は再生することができると思ったんです。もしあの工場がなかったら、いまのCOEDOビールはないですね。もともとの小規模のブルワリーだったら、あのままでも十分やっていけてたので。何事も無駄になることはないってことですよね。経営的には本当に大変でしたけど。」
と笑いながら語る朝霧氏。プロダクションブルワリーができたからこそ、その後のCOEDOがあるのだ。

地ビールではなく、クラフトビール。

デザインから「地ビール」なイメージは感じない。極力「場所」のイメージをなくすようなデザインになっている。

2006年、小江戸ビールだった旧ブランドをCOEDOビールというブランドに変更。当時まだ日本では定着していなかった、”クラフトビール”という言葉を積極的に押し出していく。
「当時は地ビールを否定する必要があったんです。川越という観光地で、名産物を使ってビールを作る。いわゆる地ビールですよね。そうすると、どうせ地ビールとか言われちゃう。地ビールという言葉に、高くてまずいというマイナスのイメージがついてしまっていた。だから、きちんと否定してあげなければいけなかった。」と、朝霧氏は語る。
「コエドブルワリーの本質は、観光地の地ビールではないんです。農業を盛り上げたい、小規模で美味しいものを作りたいというところからきている。だから、クラフトビールという言葉はアメリカ人が作ったんですが、言い得て妙だなとその言葉を使うことにした。」
クラフトビールは、小規模で独立した事業者が造るビールだ。味を求めて、工芸品のように丁寧に作られるビール。考えてみれば、加工食品はクラフトの世界だ。昔は職人が手作りで作るのが当たり前だった。観光地モデルのいわゆる地ビールより、コエドブルワリーの実情に即している言葉だ。
「クラフトビールという言葉はもともとあった言葉なんですが、日本のブルワリーで意識的に使ったのはもしかしたらうちが初めてかもしれません。」と朝霧氏。
2006年にCOEDOにリブランディングしてから10年経った今、クラフトビールという言葉は大いに市民権を得た。もしCOEDOビールが使っていなかったら、クラフトビールはまだまだ知る人ぞ知る言葉だったのかもしれない。

日本の、川越のCOEDOビール

反面、地ビールへの回帰の気持ちもある
「実は地ビールを否定したというトラウマもあったりするんです。もともと地ビールという売り出し方をしたかったわけではないけれど、逆に言えば川越のビールであることは間違いない。だから、地ビールです!って大声で言ってしまいたい気持ちもちょっとある。 ”どうせ地ビール”なんて言う人も少なくなってきたので、もう今はどっちでもいいかなと思っています。」と朝霧氏。

2008年からはCOEDOブランドで海外にも展開し、最近では香港にタップルームをオープンするなど、ファンを増やし続けている。
海外展開に向けて将来的に海外にブルワリーを作るつもりはありますか?という質問をすると
「日本のクラフトビールということに意味があるので、そういうつもりはありません。逆の立場で言えば、フランスのワインはフランスの畑で作られていてほしいし、農業と分断しないっていうのも大事にしていきたい。あとは、みんな海外にブルワリー作ったら、日本人がやることなくなっちゃうでしょ。」と、笑いながら明快に答えてくれた。

グローバルの視点から考えれば、あくまで日本発のローカルなビールだ。そういう意味で、地ビールという呼称も、再びポジティブに捉えられる時代になってきたのかもしれない。過去には観光に来るお客さんの方を向いてビールを作っていた部分もあるというが、今は地元で、リピーターを増やし続けている。
そういった姿こそが、地元に根ざした、本当の意味での地ビールなのではないだろうか。

香麦には、ビール好きの外国人も訪れる。

“Beer Beautiful”

「私たちが伝えたいことは、ただ一つ、ビールが楽しいということだけです。」と語る朝霧氏。名刺にも「ビール伝道士」と書いてあるほどだ。
「例えば、どんな見方でもいいんですが、農業から見ても面白いし、料理とのペアリングも面白い。グラス一つとっても味が変わるんだから、それも面白い。ビールは楽しい、面白いんだっていうことを伝えていきたいと思っています。私たちはビールしか作れませんから、他のところと協力したりしてやっています。」
コエドブルワリーのキャッチフレーズは、”Beer Beautiful”。ビールは楽しい、美しいということを一番に伝えていきたいと朝霧氏は語る。
「実は、ビールの免許を取るのって結構大変なんです。だから、ビールが好きで免許とって醸造までしちゃってますっていう人が街にいるのは、楽しいことなんじゃないかって思ってもらえたらいいと思っています。」
だから、近年増えてきたブルーパブや、大手のクラフトビールも温かい目で見守る。
「それぞれ戦っているフィールドが違うから、多様性があっていいと思います。その方が楽しいでしょ。」と笑う朝霧氏からは、ビール業界を盛り上げていく気概と自信を感じた。
日本のビール界の未来は明るい。そう思った。

おわりに

もはやブームは終わったという見方もある中、クラフトビールはまだまだ人気だ。もし仮にブームが終わっているとするなら、定着したといってもいいかもしれない。地ビールのときとは違って、クラフトビールブームの先にあるのは定着、そしてビール文化の多様化以外はありえない。一度クラフトビールの楽しさを知った人は、ピルスナーだけの世界には戻れないのだから。

あえて言い切ってしまおう。昨今の”クラフトビールブーム”は、ブームではない。
アメリカにおいて、クラフトビールは、ムーブメントだった。そもそもビール好きが始めた草の根的な運動なのだ。今のクラフトビールブームは、ムーブメントに近い。上からのガイドラインではなく、ビール好きが作って、ビール好きが飲んでいるのだ。
これはビールの多様化の新しい流れだ。このままビールの楽しさがもっともっと広がり、それが普通のことになる。そんな楽しい未来がきっと待っている。

今回朝霧さんにお話を伺った場所 COEDO Craft Beer 1000 Labo/ 香麦-Xiang Mai-(シャンマイ)では、中華とクラフトビールのペアリングを提案している。
COEDOビール始まりの地で、中華とクラフトビールの最高のペアリングが楽しめる。こちらの記事に詳しく書いたので、あわせてどうぞ。

また、今回取材にご協力いただいた、COEDOビールさまのウェブサイトはこちら

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です